ゴミ山で考えたこと
今晩は満月ですねー。
地元、大分県からもきれいな月が見えます^^
つっちーです・ω・)/
写真1:朝焼けとアンコールワット
今更ながら8月22日から9月2日までベトナムとカンボジアに行ってきました。
報告書はぼちぼち書いてるよー。
今A41枚書いたけど、書き足りず...完成したら冊子にしてもらうからKLメンバーは見てね!
私は今回が2回目のカンボジア訪問となりました。
1回目はJAPFhttp://japf.net/ っていう団体のスタディツアーに参加しました。
今回はツアーの引率者として行きました。
いっぱい書きたいことあるんだけど、KLメンバーで私だけが行ったと思われるゴミ山について書きます!
カンボジアにはゴミを拾って、それをお金に換えて生活する人々がいます。
ゴミを焼却処分する習慣はありません。
私が話を聞いた人は、「農村で農業をするよりもゴミ山でゴミを拾う方がお金になる。」と言っていました。
生活のためにゴミを拾う人もいれば、お小遣い稼ぎのためにゴミを拾う人もいます。
ゴミ山には産業用廃棄物も落ちています。
子供は裸足だったので、落ちていた注射針を踏んで病気になるかもしれません。
ペットボトルにふざけて平気で火をつけている人がいました。
彼がダイオキシンの存在を知っているのかはわかりませんが...
ゴミ山は人間が健康的に過ごせる環境でないことは確かです。
ゴミ山にはキラキラした笑顔の子ども達がいました。
そこで私が思ったのは、「笑顔で生活している=平和」ではないということ。
安全で健康的に過ごせる環境がないと平和って私は言えません。
「戦争がない すなわち 平和 」ではないのだと思いました。
笑顔は一過性なもの。
笑顔のその向こう側にある問題にも目を向けないといけないのではないでしょうか?
私達はゴミ山に行くときに、捨てても良い靴を履いていきます。
悪臭が付いた靴でホテルに入ることは出来ないし、洗っても臭いが落ちないなどの理由からです。
なので、捨てても良い靴を持っていない人はゴミ山に行く前に市場で靴を買います。
そろそろゴミ山から帰ろうか、というときに参加者から、
「今私達が履いている靴をゴミ山にいる裸足の人々にあげよう!」との提案が。
私達が履いていた靴は捨てられる運命にあるわけで、
その靴が誰かのために使われることは良いことである。
多くの参加者はそう思ったのだと思います。
私もその意味では靴をあげるメリットはあると思いました。
ツアーの主役は参加者なので、参加者のみんなの意向通り、帰り際に人々に靴を渡しました。
でも靴を渡しながら、疑問や不安でいっぱいになりました。
以下、あくまで私の想像。
外国人である私達が靴を渡す → 「ゴミ山に行くと物がもらえる」という噂を他の仕事をしてる人
(物売りとかが)聞いてゴミ山で働くようになる
みたいなことが起こったら嫌だなって思ったんです。
健康的に過ごすことのできない場所で働く人が増えるのは私は嫌です。
シェムリアップのゴミ山がまだ新しいらしくて、今後人が増えていく可能性は十分にある。
だからこそ浮かんだ不安でした。
援助に関わるときには、その意義を自分自身でしっかり考えた上で関わりたいと改めて思いました。
KLのみんなと一緒に悩んだりしながら、活動していきたいな。
以上、ゴミ山の話おわりー( ´_ゝ`)ノ
このblog見て抱いた感想をコメントなりで教えてくれたら嬉しいです。
でわでわ、学校はじまってる人は授業がんばってください(。・ω・)ノ゙
実は、1回blog書いたら消えて、2回目にやーっとアップできたつっちーでした 笑




