過去の振り返りです。
今回は、実体験をまとめました。
新しい職場で、とても嫌な思いをしました。
ある人から、理不尽な対応を日々。
しかし、それはわかりやすいいじめではなく、とても些細なことで、
でも、些細なことは日々重なって、苦しい思いになり、
その人と話すのが難しくなっていきました。
体調も少し崩していきました。
ただ、その人は、周りにはとても良い顔をする、そして仕事はできる、たくさんの仕事を抱え365日働いている
人によって対応を変えている
日々業務は多忙。
そんな中で、その人は周りにとっては仕事を頑張っている人という評価で
職場で私の味方をしてくれる人はいませんでした。
私への理不尽な対応も、非常に周りからはわかりにくかった。でも、私はとても辛い思いをした。
ある程度、その人にされたことをまとめて、
上の人に相談をしましたが、日々忙しいから仕方がない、言い方もきつくなることもある
と、その人をかばうことしか言ってくれませんでした。
客観的事実がどうであれ、私が、辛い思いをしたことは認めてくれず、受け止めてくれませんでした。
周りもそんなことをするはずない、言い方がちょっときつい、ああいう人だから
ということで、わかってもらえるはずもなく、味方はできませんでした。
結局、これ以上体調を崩すのは嫌だったため、退職することにしました。
きちんと1ヶ月以上前に退職を伝え、引き継ぎをきちんとして辞めました。
最終日、上司やその人たちから、花とお菓子をもらいました。
「残念ですが、ありがとうございました。」と。
あたかも、私が希望して辞めたかのように、あいさつを求められ、私もここで揉めてもどうにもならないと諦め
体よく「お世話になりありがとうございました。」と体よく挨拶をして終わりにしました。
しかし、悔しいです。とても悔しいです。
私が傷つけられたことはなかったことにされて、終わりにさせられました。
人事も大事にされるのは面倒だったのかと、そのままスルーで終わりました。
私の体験したことは、世間で起きているいじめや理不尽さからいったら、そこまで大きなことではないと思われます。
しかし、弱いものが、やられた方が、悪いかのように、ことが収められていることって、
たくさんあるんだろうなって、実感しました。
そういう人たちは、悔しい気持ちを飲み込んで、もしくは自分が悪いと自分を責めて終わっているのかもしれません。
でも、やる方が、傷つける方が、圧倒的に悪い、どんな理由があっても、それだけは変わらないと思います。
人を傷つけていい理由なんてない。
辛かったら、その場から逃げていい、離れていい、
それがいいと思います。
しかし、その環境の人たちに、やられたことを認めてもらえなければ、
悔しい気持ちを飲み込んで、また生きていく。
どうせ戦ってもわかってもらえない、それは目に見えている。
戦っても、自分が更に傷つくことが目に見えている。
私は、幸にして、更にステップアップした仕事に就くことができたので、
私としては正直結果オーライではあります。
自分のことをわかってくれる、認めてくれる、そういう環境で過ごしていけば良いと思います。
ただ、そううまくはいかない人もたくさんいると思います。
世の中に蔓延る理不尽なこと、不甲斐ないこと、悔しいこと
そういうのを一緒に怒れる人でこれからもありたい。
周りに誰か1人でもいたら、救われるかもしれない。
本当は、家族がそういう役割を担ってくれれば良いが、
家族からも責められることが、多く・・・それは辛いよ・・・
表面上しか見えない人にはなりたくない。
マウントは取り返さない