It's All Greek To Me!!! -11ページ目

It's All Greek To Me!!!

人生初海外ひとり暮らしの挑戦。ヒトもコトバもさっぱりわかんない世界に単身乗り込みいっちょやってやっか的な日々を綴る予定は未定。

午前、買い物に2回出かけた。

月前半の教授先生の滞在、それからウィーン旅行と経て、
ようやく元の生活に戻りつつあるのだけど、
飲食料は著しく不足したまま。
朝の時点で冷蔵庫は空だったし。
なので、買い出しをしないわけにはいかんかったわけです。
今日は、ひたすらレジの運が悪くて、
待ち時間だけで30分近くムダに消化する羽目になった。
やはり西バルカンです。

昼食は、シンプルに塩味なものが食べたかったので、
ガーリックライスにした。
先月IKEAで買ったニンニクのすり潰し器みたいなのが役に立ちました。

午後、洗濯をしながら重要なメールを数件さばいたら、
あっという間に夜。

とりあえず、これ以上面倒くさくなる前に、日記だけは書こうと思って、
16日~20日までの分をやっつけた。
15日の分は明朝にでも。

それにしても今日も勉強がまったくできなかった。
くやしい。

洗濯して、溜まってたメールに返事を書いて。
これだけで、午前中は終了。
チキンラーメンを食べたら、
あっという間に大学に行く時間。

今日のテーマはさっぱり面白くなかった。
カトナ・ヨージェフという劇作家の
「バーンク・バーン」という作品について。
波蘭人×2が発表担当だったけど、
レジュメはないわ、声は小さいわ、
どうしようもない有様。
補足をする教師(今回は実習生)も口で言うだけで、
ホワイトボードをろくに使わないし。
ま、そもそもボードに書くペンもインクが切れてるのばかりだし、
ほとんど教具として役に立たないのだけれど。
とても見るに耐えない悲惨な状況です。
テキトーに発表を聞き流した後は、
絶対に教室外ではありえないようなシチュエーションの役割練習。
そろそろサボりたくなってきたぁ。

夕方、英語の授業。
こちらは、今日から生徒がひとり増えて雰囲気が変わった。
ときどき怪しいことを言うけど、わりと流暢に話せそうで。
わたしにとっても、いい刺激になります。

朝は9時過ぎまで寝た。
遅めの朝食を済ませて、ウィーン市内へ。
軽く散歩して、カフェでケーキしてのんびりした。

15:52発のペシュト行きの列車に乗り込んだ。
デュッセルドルフ発の列車だったので、
乗車したときには、既にドイツ人でびっしり。

19時少し前、ペシュトに到着。
相変わらず薄汚れてるなぁ、と実感。
ブダペシュトはブダペシュトで好きなんだけど。

昨日の好天からがらりと変わって、
本日はやたらと風が強い。
気温も10℃を下回っている。
なのでマフラーを巻いて出かけた。

本日のメインはシェーンブルン動物園。
たしか世界初の動物園だったと思う。
まだ、一度も入ったことがないので、どんなものか様子見。

とにかく、でかい。
全てを見終わるのに5時間近くかかった。

それから、飼育動物たちに対するエンリッチメントの質が高い。
まず、広大な敷地面積のおかげで、かなりの行動の自由が約束されている。
その分、鑑賞する側の人間は長距離を歩かされることになったり、
なかなか目的の動物を発見できずに苦労するのだが。
また、動物たちの玩具や飼料の質も高いという印象。
鷲や梟が堂々と兎や鼠を食べてる光景を見て少し複雑な心境になったけど。

はじめのうちは、入場料の16EUROは高すぎだろ?!とか思ってたけど、
動物園を出る頃には、やっぱこれくらいは当然だよなと自然に思えるようになった。
とにかく、これくらい見ごたえのある動物園ははじめて。


16時過ぎ、シュテファン寺院の裏にあるシュニッツェルの名店、
フィグルミュラーで遅めの昼食。
あいかわらずシュニッツェルはでかくて、余裕で皿からはみ出てた。
やっぱり、ウィーンはウィーンで好き。

7:10、東駅発ウィーン西駅行きの列車で旅行の始まり。
朝は5時起き。
昨夜の暴動の影響も何のその、バスはしっかり動いてた。

ウィーンには3時間で到着。

まず、ロッカーに荷物を預けてから、
マリアヒルファー通りにある中華航空のウィーン支店へ。
メールでまったく連絡がつかなかったから、
直接用件を済ませにやってきたわけで。
ようは帰国日の変更。
6月末を7月頭に変えてもらった。
あとは奨学金の手続きにもよるけど、
よっぽどのことがない限りはこの日程で決まりです。

昼、ウィーンの友人の父上のレストランに顔を出そうと
いそいそとケルントナー通りへ出かけていったが、
本来そこにあるはずのお店が見当たらない。
2年前の夏に寄ったときはあったのに。
何かあったのかもしれないと思うと、ちょっと心配。

とりあえず代わりにNORDSEEでシーフードでも食べようと
サンドウィッチとカクテルサラダを注文。
しかし、このカクテルサラダが曲者だった。
3.99EUROと書いてあるから、まあ無難な値段だと思ってたけど、
レシートに11.88と印字されたのを発見、すぐに抗議。
そうしたら、3.99EUROは100gの値段で、
レシートには正確な1皿分の値段が表示されているんだと。
うーむ、うまい商売してるもんだなと思った。
まぁ、今後は内陸国でシーフードを食べるときには気をつけないと。
こういうのを洪語でも勉強代tanulópénzというらしい。

その後、とても陽気が良いので、プラーターを散歩。
大観覧車には乗らなかったけど、公園のメインストリートを横断した。
1時間半くらいは歩いたかな。
足が痛くなったけど、いい運動になったこと間違いなし。

次にカグランにあるドナウ・プラザへ。
このとき初めて、地下鉄1番線の延長工事が完了して、
いまやカグランが北の終点じゃないということに気が付いた。
ドナウ・プラザではアジア料理店を発見。
S&Bのカレーのルウとか売ってたので、少々高いけど買ってみようと思った。
そうしたら、レジのおばさんがなんと日本人で、
「日本人のお客様には、5%値引きしています」とサービスしてくれた。
こういう経験には癒されます。

この頃、既に20時を回っていたので、そろそろ宿泊先へ向かうことに。
ウィーン郊外のプルカースドルフという街。
今回は、とある友人の母上の親友のお家にお邪魔しました。
(この家の奥様は洪人、旦那さんは墺太利人)
本来わたしとは何の接点もない人のお宅にお世話になるということで
だいぶ緊張したけど、すごく親切な人たちでラッキーでしたよ。
洪人は、一度仲良くなるといろいろと世話を焼いてくれるんだなぁ、と実感。
こればかりは、留学して初めてわかってきたことだし、
ある意味、収穫だと思う。

本日も天気は良好。

9時過ぎ、我が家に滞在中の教授先生から電話。
「2週間お世話になりました」
洗濯物も溜まってるし、ひとまず帰宅。
とても丁寧に使っていただいててようで、
貸した側としては安心。
余った日本食とかも置いていってくださったので重宝しますよ。

午後、南駅で列車の切符を購入。
往復で7540HUF。
思っていたより高くはなかった。
ウィーンの市内交通のフリーパスもついてきたし。
これで、往復は読書しながらゆっくりできる。

夕方、英語の授業に出た後、居候先で簡単なホームパーティ。
教授先生から頂いた海苔を持参して、手巻き寿司をやった。
少し塩加減を失敗してしまったけど、
濃い目の味付けが好きな洪国人にはかえってうけたみたい。
新鮮な生魚は手に入らないので、ツナマヨネーズで代用。
その他、何となくチーズとピクルスとサラミを用意して、
あとはフツウに各自手巻きを体験してもらった。
かなり好評だったのでまたやろうということになった。
でも、海苔がないのですよ。
次はレタスか薄い玉子焼きで我慢してもらうしかないです。

今日も晴天。
なので(?)朝の授業をサボって、
来年度奨学金関係の情報を収集することに。
今週末は大型連休に入るし、
もし仮に変な暴動が起こったりすれば、
来週以降も、役所関係が機能しなくなる可能性も
ゼロではないので、今週のうちに解決できる問題は
解決しておこうと思ったわけです。

午前、メールチェックしにPC持参でカフェへ。
メッセンジャーの相手ともめるし、
エスプレッソの付け合わせだと思っていた、
ミネラルウォーターの代金を請求されるし、
踏んだり蹴ったりで。
ともあれ、ザグレブ滞在中の指導教官と連絡が取れて、
推薦状の作成をお願いできたので、最低限ノルマは達成。

午後、友人の職場へ出かける。
午前中から、仕事の合間に
外国人でも健康診断を受けられる病院について、
ミニステリウムに問い合わせていてくれてたので、
その成果を教えてもらいに。
現在、引越し中のミニステリウム、
担当者は不在だわ、誰も情報を知らないわで
本当にムカツイタらしい。
もう数週間前から、わたしだけで話をつけようと
いろいろ試みてはみたものの、
「引っ越し行事のため電話もメールも使えません」
という返事が鸚鵡のように帰ってくるだけで、
埒が明かないから、友人に助けを求めたというのが
そもそもの発端。
自分の代理で東奔西走させてしまって気の毒でした。
西部バルカンにいるということを思い知らされた一件。

その後、大学へ戻って、スーパーヴァイザーの先生に会って、
推薦状と、大学の受入許可書の発行をお願いした。
アポなしの訪問だったけど、快諾してくれたので一安心。

夕方、居候先から程近いデアーク広場へ、
週末旅行のバスチケットを買いに出かけた。
そうしたら、2年前まではそこにあったはずの、
バス会社のオフィスがなくなってた。
ツーリストインフォメーションでも聞いてみたけど、
やはり閉鎖されたみたいで、ネープリゲト駅の
バスターミナルまで行ってくださいとのことで。
それで往復1時間かけて行ったら、目当てのチケットは完売。
ついてない日というのはこんなもんです。
明日、鉄道の切符を買うしかないな。

19時、まもなく日本へ旅立つ別の友人と再会。
たしか3月28日だかに名古屋へ飛び発つことになってて、
もう準備は万全ということだった。
むしろ心配なのは、彼にただくっついていくだけの彼女の方で、
正規の留学扱いじゃないので、ビザなしの渡航になるらしい。
観光ビザは3ヶ月で切れるし、どうするつもりなのだろう。
もちろん心配ではあるけれども、彼氏の留学が決まってから
半年以上あったはずなのに、どうして日本語学校とか奨学金とか
探してみるとかしなかったんだろう?
さすがに出発まであと2週間やそこいらでは、
助けたくても助けられないし。
今となっては無事を祈るだけです。

むしろ自分の9月以降の身分が保証されていないことの方が心配なので。

午前、まだ頭痛が続いてて、頭がボーッとしてる。

でも、弱音を吐いてる暇などないので、

午後のプレゼンの準備、というか仕上げの作業。


午後、授業に出席。

「会話」練習の授業なのに、20人超えてます。

骨の髄まで使えない授業になってしまった感じ。

しかも、教室はすごく狭いからいつも酸欠になりそう。

自分のプレゼンは今日2人目だし、

待ってる間に体力を消耗しそうで心配だった。


でも、プレゼンは無難に修了。

準備してきたノートにときどき目をやりながら、

洪国の祝日について簡潔に紹介するだけだったから

聞いてるほうはさぞかしつまらなかっただろう。


8/20 建国記念日

10/6 1848-49年の独立戦争の英雄を記念する日

10/23 1956年革命記念日、共和国記念日

+ 11,12月のカトリック関係の行事


終わったあと、教師から

「半年しかまともに勉強してないのに、すごい作文力ね」とか

いちおう、お褒めのことばを賜った。

ま、いちおう読む勉強だけは、日本でもしてたんでね。


初学者嫌いな印象のこの先生。

以降、少しはわたしを見る目も変わってくれればいいのだけど。


夜は英語の授業。

もうひとりの受講者がお休みだったので、

どこかの英会話学校風に言えばラッキー・マンツーマン。

昨今の洪国の不安定な政治事情やら、

ルーマニアとの歴史的に不仲な関係の話やら、

日本の英語教育のいけてない点などなど、雑談。

90分はあっという間だった。

今日もいい天気。

いつの間にか春になってたんだなぁと実感。

今年、初めて冬用コートをやめて、

皮ジャケットで出かけてみた。

1月のLAに比べればだいぶ涼しいもんだけど)

夜は肌寒かったけど、何とかなった。


午前、カフェにインターネットをしに。

シンプラは11時半の時点でまだ開いてなかったので、

他の場所を開拓しなくてはいけなかったけど、

案外簡単に見つかった。

居候先から歩いて1分のところ、シナゴーグの正面に

無料wi-fiの看板が出てるカフェを発見。

エスプレッソで2時間くらい粘った。


来年度の奨学金の準備のために、

いろいろな人に書類の申請や作成をお願いしないといけわけで、

それに関連するメールを書きまくってたらあっという間に時間が過ぎた。


16時、語学の師匠からホームパーティに招待されてたので出かけた。

今回は、彼の教え子の日本人と瑞西人がそれぞれ帰国するので、

彼女たちの歓送会という名目。

わたしは双方とも面識があるけど、まぁ、おまけみたいなものかな。

でも、栄養のあるものをしっかりご馳走になって帰ってきました。

満腹。

昨夜は疲れていたのか、朝5時までは寝られた。

7時間は熟睡したいものだけど、あともう少し。


午前は、身体がだるかったので

資料の打ち込みを少し進めたところで終わってしまった。

それでもゼロよりはましか。


午後は、同居人からディナーの誘い。

実家に帰って母親と夕食するからお前も来やがれと。

家庭料理を食べられる機会はどこの国でも貴重だと思うので、

くっついていって、しっかりプルクルトをご馳走になって帰ってきた。


夜は、月曜日の発表の原稿をやっつけ仕事で終わらせた。

ついでにネイティヴチェックもやってもらったし、

ひとつストレスの種が片付いた。


それから、どうでもいい話だけど、

居候先のオウム×2と少し喋れるようになってきた気がする。

〈そんな暇があるなら言語を勉強しろ〉

って自分でもツッコミたくなるけど、本当の話。