1994年12月4日 自分が名古屋に越して来て2年目の冬の事やから、ようく憶えている・・・つもりだった。15年ぶりに金スマで放送していたのを観ていたら、こんなに大変だった試合だったなんて全く忘れていた。 辰吉が網膜剥離を患い、現役続行を危ぶまれていた事、ボクシング協会を納得させるため全国の7万人の人たちが辰吉のために署名してた事、ハワイまで行き、暫定チャンピオンになって薬師寺との試合を懇願した事などあの試合は、たどりりつく迄こんな大変だったなんて知らなかった。 そして試合自体も壮絶だった。マスコミの大方の予想 「5Rまでに辰吉がk.oする」とは裏腹に薬師寺がタフさを見せ、12R判定で勝つ。試合前 辰吉がビックマウスで薬師寺を威圧し、薬師寺の身内からもk.oされてしまうよと言われ 薬師寺は、試合前は頭に来て必ず勝って、辰吉とマスコミの前で「俺の方が強かったやろ、ざまぁみろ。」と言うつもりが、試合判定直後 辰吉が薬師寺だけに「色々言って悪かった。君が強かった、許してくれ」と言われた時、薬師寺は、用意してたコメントではなく「どちらが勝ってもおかしくない試合でした。僕が勝ったのは運が良かっただけです。」と言った。 15年ぶりに観た方が遥かに心打たれてしまった。