こんばんは。
本日のブログを担当します。
4年生の髙良 悠です。

とうとう、自分にとって最後のブログを書くことになりました。

正直、まだ「最後」という実感がありません。

これを書き終えたら、九州共立大学水泳部の一員として書くブログは最後です。

そう考えると、やっぱり少し寂しいです。

何を書こうかなと考えた時、大学4年間だけではなく、3歳から始めた自分の水泳人生そのものを振り返ってみようと思いました。

気づけば、水泳を始めて18年以上になります。

長かったような、短かったような。

楽しいことも、嬉しいことも、悔しいことも、辞めたいと思ったことも、本当にたくさんありました。

でも、今振り返ってみると、その全部が自分にとって大切な思い出です。


レクセンター

自分は3歳の時に水泳を始めました。

泣いて、暴れて始めたスイミングでしたが、最初のスイミングスクールでは、とにかく水泳が楽しくて、プールに行くのが大好きでした。

僕に泳ぐ楽しさと、可能性を与えてくれたスクールでした。


AQUA

そのスイミングスクールが閉鎖したことをきっかけに、ご縁がありAQUAに入りました。

ここから、自分の水泳人生は大きく変わりました。

AQUAの環境は、自分を大きく変えてくれました。

厳しさの中にある、本気の指導。

先生、本当にめちゃくちゃ熱かったです!!!

そこで、それまでやっていたいろいろなスポーツ競技を水泳一本に絞り、専門種目も平泳ぎからバタフライへ変更しました。

正直、何度も「キツすぎる」「もう嫌だ」と思いました。

本気で「水泳を辞める」と言ったこともあります。

それでも逃げずに続けることができたのは、本気で自分と向き合ってくださった先生がいたからです。

そして、厳しいことも言いながら、どんな時も支え続けてくれた親の存在があったからです。

大会の時は朝早くから送り迎えをしてくれて、遠征のサポート、身体のメンテナンスまでしてくれました。

思うように結果が出ない時も、ずっと見守ってくれました。

当時は、それを当たり前だと思っていた部分もありました。

でも今になって振り返ると、全然当たり前じゃなかった。

その積み重ねが、九州大会での表彰台、そして全国標準突破という結果につながりました。


那覇西高校

そして、那覇西高校・体育科。

自分にとって高校3年間は、競技者としてだけではなく、人としても大きく成長できた3年間でした。

家から学校までは3〜4km。

毎日、眠い中自転車で学校に通い、朝練で泳ぎ、体育科の授業を受けて、午後はまた練習で泳ぐ。

家に帰ったら、疲れてすぐ寝る。

正直、楽な日は一日もありませんでした。

「なんでこんなに練習しないといけないんだろう。」

「今日はもう休みたい。」

そう思ったことが何度もありました。

それでも次の日になれば、また学校に行って、またプールに入っていました。

那覇西高校の水泳部は、決して楽な環境ではありませんでした。

きつい練習もたくさんありました。

思うようにタイムが出ない時もありました。

自分より速い選手を見て、悔しい思いをしたこともたくさんあります。

でも、そんな環境だったからこそ、逃げずに頑張ることを覚えることができました。

高校3年間で一番学んだのは、技術だけではありません。

「覚悟」と「継続することの大切さ」です。

どれだけ才能がある人でも、続けなければ結果は出ません。

逆に、すぐに結果が出なくても、毎日少しずつでも続けていれば、いつか結果につながる。

高校3年間で、それを身をもって経験しました。

そして、メンタルもめちゃくちゃ強くなりました。

練習がどんなにきつくてもやる。

調子が悪くてもやる。

結果が出なくても、また次の日に泳ぐ。

そうやって毎日を積み重ねることで、少しずつ自分自身が強くなっていきました。

そして、自分にとって那覇西高校の先生は、ただ水泳を教えてくれた指導者ではありません。

本当のお父さんのような存在でした。

練習ではめちゃくちゃ厳しくて、何度も怒られました。

「なんでそこまで言われるんだ」と思ったこともあったし、正直、嫌になったこともあります。

でも、今になって振り返ると、先生が厳しくしてくれたのは、ただ速くなってほしかったからだけじゃなかったんだと思います。

水泳選手として強くなるだけではなく、一人の人間として立派になってほしい。

そんな思いで、自分と向き合ってくれていたんだと思います。

先生が教えてくれたのは、水泳だけではありませんでした。

学校生活での過ごし方。

勉強に取り組む姿勢。

時間を守ること。

挨拶や礼儀。

周りの人への感謝。

人に迷惑をかけた時には、ちゃんと謝ること。

自分が間違ったことをした時には、言い訳をせずに認めること。

そして、自分のことだけではなく、周りの人のことを考えて行動すること。

高校生の自分にとっては、「そこまで言わなくてもいいじゃん」と思うようなことまで、先生は本気で叱ってくれました。

その時は正直、「うるさいな」と思ったこともあります(笑)。

でも今になって考えると、そこまで自分のことを見てくれていた先生は、なかなかいないと思います。

水泳だけ見ていれば、もっと楽だったと思います。

でも先生は、プールの中だけではなく、学校での自分、普段の生活まで見てくれていました。

だからこそ、自分にとって先生は「水泳の先生」という言葉だけでは表せない存在です。

時には厳しく。

時には優しく。

悪いことをした時には本気で怒ってくれて、頑張って結果が出た時には一緒に喜んでくれました。

自分が悩んでいる時には話を聞いてくれて、どうしたらいいか一緒に考えてくれました。

まるで本当のお父さんのように、自分のことを心配して、時には叱って、時には支えてくれました。

高校生の頃は、先生が言っていることの意味を全部理解できていたわけではありません。

「なんでこんなに怒られるんだろう。」

「水泳だけ頑張ればいいじゃん。」

そう思ったこともありました。

でも、21歳になった今、高校時代を振り返ってみると、先生に言われたことの一つひとつが少しずつ分かるようになってきました。

社会に出ていく上で大切なのは、泳ぐ速さだけではありません。

どれだけ人の気持ちを考えられるか。

どれだけ責任を持って行動できるか。

どれだけ周りの人に感謝できるか。

そして、当たり前のことを当たり前にできるか。

そういう部分を、先生は高校3年間で自分に教えてくれました。

そして勉強の面でも、たくさん支えてもらいました。

水泳だけやっていればいいわけではなく、学生として勉強もしっかりやる。

競技者である前に学生であり、一人の人間である。

そのことを何度も教えてもらいました。

高校時代の自分は、まだまだ子どもでした。

自分のことしか考えられないこともたくさんありました。

でも先生は、そんな自分を見捨てることなく、何度でも注意して、何度でも向き合ってくれました。

あの時は「厳しい先生」だと思っていたけど、今振り返ると、あれだけ自分のことを考えてくれていたからこそ、厳しくできたんだと思います。

そして高校最後には、国体・インターハイにも出場することができました。

あの時は本当に嬉しかったです。

でも、今振り返ると、大会に出場できたことだけが高校生活で一番大切だったわけではありません。

毎朝眠い中、学校に向かったこと。

きつい練習を乗り越えたこと。

仲間と一緒に笑ったこと。

悔しくて泣いたこと。

先生に怒られたこと。

それでも次の日にはまたプールに入ったこと。

その全部が、今の自分につながっています。

先生に出会えていなかったら、今の自分は絶対にありません。

水泳の技術だけなら、他の場所でも学ぶことができたかもしれません。

でも、人間としてここまで成長させてもらえたのは、先生だったからだと思っています。

高校を卒業して大学に進学してからも、自分のことを気にかけてくれて、水泳だけではなく大学生活やこれからのことまで心配してくれました。

高校生の頃には分からなかった先生の気持ちが、今になって少しずつ分かるようになってきました。

あの時、もっとちゃんと話を聞けばよかった。

もっと素直に「ありがとうございます」と言えばよかった。

そう思うこともあります。

先生。

自分を水泳選手としてだけではなく、一人の人間として育ててくれて、本当にありがとうございました。

いつか自分が立派な大人になった時に、

「悠を育ててよかった。」

そう思ってもらえるような人になりたいです。

先生に育ててもらったことを誇りに、これからも頑張っていきます。

本当にありがとうございました。





九州共立大学

そして、自分は九州共立大学に進学しました。

ここから、自分の大学4年間が始まりました。

1年生

大学に入学した時、自分は水泳部唯一の特待生として入学しました。

でも、入学した頃は全然練習していなくて、チームの中で一番遅かったことを今でも覚えています。

同期で同じ寮だった真速と大士は、入学前から練習に行っていました。

2人が練習しているのを見て、

「やばい。このままじゃ本当にまずい。」

と、めちゃくちゃ焦りました。

そこからインカレを目指して、最後の山口JOまでチャレンジし続けました。

でも、インカレ標準を突破することはできませんでした。

あの時は本当に悔しかった。

めちゃくちゃ泣きました。

「絶対インカレに出たい。」

その気持ちだけで、そこから冬場はめちゃくちゃ泳ぎました。

そして、2年生になりました。


2年生

2年生になっても、なかなか自分の泳ぎができませんでした。

泳ぎが合わなかったり、思うようにタイムが伸びなかったり。

100mでは着々とベストを更新することができましたが、200mではなかなかベストが出ない時期が続きました。

正直、

「もう200mは無理なんじゃないか。」

と思ったこともあります。

それでも監督や先輩、同期のみんなからアドバイスをもらいながら、少しずつ頑張りました。

そして2年生の山口JO。

ついに念願だったインカレ標準を突破することができました!!!

1年生の時にあれだけ悔しくて泣いたインカレ標準を、ようやく突破することができました。

あの時は本当に嬉しかったです。

そして、あの時一緒に練習してくれたOBの木下月都さん。

月都さんが一緒に練習してくれたおかげで、インカレ標準を突破できたと思っています。

本当にありがとうございました!!!

その後、またなかなか記録が伸びない時期が来ました。

また、

「もう200mは無理だ。」

そう思いました。

でも、同期で200mを頑張っている仲間もいて、一緒に200mバタフライを頑張り、切磋琢磨しながら練習しました。

一人だったら諦めていたかもしれない。

でも、仲間がいたから、もう一度頑張ることができました。


3年生

そして3年生。

ここで100mがめちゃくちゃ伸びました。

九州学生で2位になることができ、100mでインカレにも出場することができました。




2種目でインカレに出場できた時は、本当に最高でした。

1年生の時にインカレに出られなくて、あれだけ悔しくて泣いた自分が、3年生で2種目インカレ出場を果たしました。

1年生の時の悔しさがあったからこそ、ここまで頑張ることができたと思います。

そして、とうとう自分たちの代が4年生になりました。


4年生 ― 主将として




4年生では、主将としてチームを任せてもらいました。

正直、キャプテンという役割は簡単なことではありませんでした。

チームをまとめることも簡単ではないし、自分の意見が確実に正しいわけでもありません。

同期と揉めることも多々ありました。

後輩と意見が食い違うこともありました。

「自分がキャプテンでいいのかな?」

そう思ったことも何度もあります。

でも、今振り返ると、それも全部大切な思い出です。

みんな本気でチームのことを考えていたからこそ、ぶつかることもあったのだと思います。

4年生の最初のキックオフミーティング。

そこで、今年のスローガンを「轟」にしました。

この言葉には、

「勢いのあるチームになりたい。」

「まっすぐ突き進みたい。」

そして、

「九州共立大学という名前を広く響かせたい。」

そんな思いを込めました。

キャプテンとして、一番大切にしたかったのは、「ケジメのあるチーム」にすることでした。

ここにいるみんなは、それぞれ自分の意思で水泳を選んで、この場所に立っています。

水泳が好きで、頑張りたいという思いがあるからこそ、ここにいるはずです。

だからこそ、その努力をバカにしたり、邪魔をすることは絶対にしてほしくない。

お互いの頑張りを認め合って、真剣に取り組めるチームでありたいと思っていました。

これまで、自分たちは大きな目標を達成したことがありませんでした。

「どうせ勝てないだろ。」

「勝てないメンバーが集まっている。」

そんなふうに思われてきたこともあったと思います。

でも、そんなチームで終わらせたくありませんでした。

「このチームならやれる。」

「応援したい。」

そう思ってもらえるチームにしたかったです。

だからこそ、全員が同じ方向を向いて、「轟」というスローガンのもと、まっすぐ突き進もうと思いました。


最後の九州学生

そして迎えた最後の九州学生。

最高のコンディションで臨むことはできませんでした。

思うようにいかなかったこともありました。

でも、同期と後輩のみんなと最後まで全力で戦えたことが、本当に楽しかったです。

結果がどうだったとか、タイムがどうだったとか。

それ以上に、最後にみんなと一緒に戦えたことが嬉しかったです。

4年間、一緒に練習してきたみんなと最後の九州学生を戦えたこと。

それだけで十分幸せだったと思います。


先輩方へ

先輩方。

今まで本当にありがとうございました。

1年生の頃、何も分からなかった自分にたくさん声をかけてくださって、練習のことや水泳のことをたくさん教えていただきました。

タイムが出なくて悩んでいる時にアドバイスをくれたり、一緒に練習してくれたり、本当にたくさん支えてもらいました。

特に、2年生の山口JOでインカレ標準を突破した時。

木下月都さんに一緒に練習してもらったことは、今でも本当に感謝しています。

あの時、月都さんと一緒に練習できたことが、自分にとって大きなきっかけになりました。

先輩方が作ってくださったこのチームを、今度は自分たちが後輩に繋ぐことができたことも嬉しく思います。

自分もこれから先、先輩方からしてもらったように、後輩たちの力になれる人になりたいと思います。

本当にありがとうございました。


後輩へ

後輩のみんな。

今まで本当にありがとう。

キャプテンとして、偉そうなことを言ったり、厳しいことを言ったりすることもありました。

中には「うるさいな」と思った人もいると思います(笑)。

でも、それも全部、このチームを少しでも良くしたいと思っていたからです。

みんなには、自分たちが作ってきたものを、これからもっと大きくしてほしいと思っています。

水泳は、頑張ってもすぐに結果が出るものではありません。

自分も何度も辞めたいと思ったし、何回も結果が出なくて悔しい思いをしました。

それでも続けていれば、いつか「あの時頑張って良かった」と思える瞬間がきます。

だから、きつい時こそ逃げずに頑張ってほしいです。

そして、頑張っている仲間をちゃんと応援できるチームでいてください。

自分たちが掲げた「轟」というスローガンを、これからも響かせてください。

自分たちの代では見られなかった景色を、いつかみんなで見てください。

自分は卒業してからも、みんなのことを応援しています。

これからの九州共立大学水泳部がどんなチームになっていくのか、本当に楽しみにしています。


同期へ

そして、同期のみんな。

4年間、本当にありがとう。

大学に入学した時は、まさかこんなに濃い4年間になるとは思っていませんでした。

一緒に練習して、くだらないことで笑って、時には喧嘩して、意見が合わないこともありました。

特に4年生になってからは、自分がキャプテンだったこともあって、同期とぶつかることもたくさんありました。

自分の言い方が悪かったこともあったと思います。

みんなに嫌な思いをさせたこともあったと思います。

それでも最後まで一緒にやってくれて、本当にありがとう。

1年生の頃から一緒に頑張ってきたみんなと、最後まで同じチームでいられたことが本当に嬉しいです。

自分がきつい時に支えてくれたのも同期でした。

タイムが出なくて落ち込んでいる時も、みんなの言葉に救われたことが何度もありました。

練習に行きたくない日でも、みんながいるからプールに行けました。

大会でうまくいかなくても、仲間がいるからまた頑張ろうと思えました。

4年間でできた思い出は、これから先も絶対に忘れません。

これからはそれぞれ違う道に進むけど、たまには集まって、大学時代の話をしながらまた笑いましょう。

4年間、本当にありがとう。

みんなと同期で本当に良かったです。











監督・指導者の皆さんへ

監督、先生方、コーチの皆さん。

今まで本当にありがとうございました。

競技のことだけではなく、人として大切なこともたくさん教えていただきました。

自分がうまくいかない時にアドバイスをくださったり、キャプテンとして悩んでいる時に相談に乗ってくださったり、本当にたくさん支えていただきました。

自分はまだまだ未熟で、迷惑をかけることもたくさんあったと思います。

それでも最後まで見捨てずに向き合ってくださったこと、本当に感謝しています。

レクセンターのコーチ。

AQUAの先生。

那覇西高校の監督、外部コーチ、先生方。

そして、九州共立大学で指導してくださった先生方、森監督。

皆さんに指導していただいた時間があったからこそ、今の自分があります。

これから先、水泳とは違う道に進んだとしても、ここで教えていただいたことは絶対に忘れません。

本当にありがとうございました。


お母さんへ

そして、最後にどうしても伝えたいことがあります。

お母さん。

18年間、本当にありがとう。

今まで、たくさん迷惑をかけたと思います。

朝早い大会の日も、まだ暗いうちから起こしてくれて、送ってくれて。

遠征があれば、荷物を準備してくれて、送り迎えをしてくれて。

大会で結果が出なかった時も、何も言わずに「お疲れさま。頑張ったね。」と言ってくれました。

自分が水泳を続けたいと言えば、どれだけ大変でも応援してくれました。

身体の調子が悪ければ心配してくれて、ケアしてくれて。

練習で疲れて帰ってきて、自分が機嫌が悪くても、いつも普通に迎えてくれました。

たぶん、自分が思っている以上に、ずっと大変だったと思います。

でも、自分はそれを当たり前だと思っていました。

送り迎えしてもらって当たり前。

大会に連れて行ってもらって当たり前。

水泳を続けさせてもらって当たり前。

そんなふうに思っていた時もありました。

でも、大学4年生になって18年間を振り返ってみて、ようやく分かりました。

全然、当たり前じゃなかった。

自分が水泳競技者としてここにいられるのは、自分一人の力じゃありませんでした。

自分が泳いでいる何時間もの裏側で、母がたくさんの時間を使ってくれていました。

自分が大会でベストを出した時に一緒に喜んでくれたこと。

逆に、思うような結果が出なくて落ち込んでいる時に、何も言わずにそばにいてくれたこと。

水泳を辞めたいと言った時も、最後まで自分のことを信じてくれたこと。

今思えば、一番近くで自分の水泳人生を一緒に戦ってくれていたんだと思います。

ここまで水泳を続けられたのは、自分が頑張ったからだけじゃありません。

母が18年間、ずっと支えてくれたからです。

言葉では全然伝えられていないけど、本当に感謝しています。

これからは少しずつ、自分が頑張って、今までしてもらったことを返していきたいと思います。

最後のレースでは、

「ここまで支えてきて良かった」

と思ってもらえるような泳ぎをしたいです。

本当にありがとう。


水泳へ

そして最後に、水泳。

18年間、本当にありがとう。

正直、水泳には何回も「もう嫌だ」と思いました。

練習がきつくて、逃げたくなったこともありました。

思うようにタイムが出なくて、自分には向いていないんじゃないかと思ったこともありました。

「なんでこんなに頑張っているのに速くならないんだろう。」

そう思って、何度も悔しくて泣きました。

それでも、次の日にはまたプールに行きました。

もう嫌だと思っても、結局また泳いでいました。

たぶん、それだけ水泳が好きだったんだと思います。

3歳の時に始めた水泳が、いつの間にか自分の生活の中心になっていました。

学校に行って、練習して、家に帰って、また次の日に練習する。

そんな毎日を18年間繰り返してきました。

水泳をしていなかったら、もっと楽な人生だったかもしれません。

もっと遊べたかもしれない。

もっと自由な時間もあったかもしれません。

でも、今は水泳をしていなかった人生なんて考えられません。

水泳をやったから、AQUAの先生に出会えた。

高校の仲間、先生、コーチに出会えた。

九州共立大学の仲間に出会えた。

嬉しい思いも、悔しい思いも、人生でなかなかできない経験もたくさんできました。

何より、水泳を通して自分自身が強くなれました。

泳ぎが速くなっただけじゃありません。

きついことから逃げないこと。

続けること。

努力すること。

負けた時にもう一度立ち上がること。

仲間を大切にすること。

そして、周りの人に支えてもらっていること。

たくさんのことを水泳から教えてもらいました。

だから、最後に水泳を嫌いになって終わりたくありません。

「もう終わりか」と寂しくなると思います。

たぶん最後のレースが終わったら、泣くと思います。

でも、その涙は悔し涙じゃなくて、

「18年間、本当によく頑張った」

という涙にしたいです。

3歳の自分が始めた水泳を、21歳の自分が最後まで繋ぐ。

そう考えると、なんだか少しだけ誇らしいです。

最後の一本は、タイムだけを追いかけるんじゃなくて、今までの18年間を全部思い出しながら泳ぎたい。

AQUAで怒られたこと。

褒められたこと。

喜んでもらえたこと。

那覇西高校で死ぬほどきつかった練習。

先生に怒られたこと。

一緒に喜んでもらえたこと。

高校の仲間と笑ったこと。

大学1年でインカレに行けなくて泣いたこと。

2年で初めてインカレ標準を切った時。

3年で九州学生2位になった時。

4年でキャプテンとして悩んだこと。

仲間と笑ったこと。

悔しくて泣いたこと。

両親に支えてもらったこと。

全部を最後の一本に詰め込みます。

そして、最後の壁をタッチした時に、

「18年間、水泳を続けてきて本当に良かった」

そう思えるように、最後まで全力で泳ぎます。


最後に

自分の水泳人生は、決して自分一人で作ったものではありません。

たくさんの人に支えてもらって、ここまで来ることができました。

AQUAの先生。

那覇西高校の先生方。

那覇西高校で一緒に戦った仲間。

九州共立大学の先輩、後輩、同期、マネージャー。

監督、先生方、コーチの皆さん。

そして、家族。

今まで自分に関わってくださったすべての方に、本当に感謝しています。

ありがとうございました。

そして、九州共立大学水泳部のみんな。

4年間、一緒に泳いでくれてありがとう。

自分がこのチームのキャプテンになれたこと。

みんなと最後まで一緒に水泳ができたこと。

本当に良かったです。

自分がみんなを引っ張るつもりだったけど、最後に振り返ってみると、自分がみんなに支えてもらってばかりでした。

みんなと練習したこと。

一緒に笑ったこと。

くだらないことで騒いだこと。

試合で応援し合ったこと。

時には揉めたこと。

全部、最高の思い出です。

これからは、自分たちの代から後輩たちへ、バトンを渡します。

これからは、みんながこのチームを作っていってください。

自分たちの代で見られなかった景色を、いつかみんなで見てください。

自分たちが掲げた「轟」という言葉を、これからも響かせてください。

もっと強く。

もっと熱く。

もっと九州共立大学水泳部らしく。

そして、最後のインカレ。

個人では出場することができませんでした。

でも、大士、真速、崚太のおかげで、最後にリレーでインカレの舞台に立つことができます。

3人には本当に感謝しています。

ありがとう。

だから最後は、自分のためだけじゃなく、3人のためにも泳ぎたい。

4年間一緒に頑張ってきた仲間のためにも泳ぎたい。

今まで支えてくれた両親のためにも泳ぎたい。

AQUAの先生、那覇西高校の先生方、大学で指導してくださった先生方に、少しでも恩返しができるように泳ぎたい。

そして、自分自身の18年間の水泳人生のために泳ぎたい。

最後の一本。

今までの全部を背負って、楽しんできます。

最後まで、水泳を楽しみます。

そして最後の壁をタッチした瞬間に、胸を張って言いたいです。

「18年間、水泳を続けてきて本当に良かった。」

3歳の時の自分が始めた水泳を、21歳の自分が終える。

この18年間は、自分にとって一生忘れられない時間です。

水泳があったから、たくさんの人に出会えました。

水泳があったから、嬉しいことも、悔しいことも、全部経験できました。

水泳があったから、今の自分があります。

だから、

18年間、本当にありがとう。

両親、本当にありがとう。

先生方、本当にありがとうございました。

先輩、本当にありがとうございました。

後輩、本当にありがとう。

同期、本当にありがとう。

九州共立大学水泳部、4年間ありがとう。

そして、

水泳、本当にありがとう。

自分の人生に水泳があって、本当に良かった。

最高の18年間でした。

最後の一本。

全力で、泳ぎます。

そして、九州共立大学水泳部。

これからも、

轟かせてください。













最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。