「変わってないなあ〜」
 
地元の駅を降りて感慨深そうな潤とは違い、離島の施設からほとんど出たことのなかった俺には都内の一般的な住宅地がとにかく珍しくて
すっかりおのぼりさん状態で、キョロキョロしっぱなし。
20年振りに帰ってきた日本は、俺にとって「久しぶりの故郷」というより、初めて訪れた観光地といったところか。

 

潤の家はごく普通のマンションの一室らしいが、家族4人で暮らしていたにしてはびっくりするほど狭くて全てが小さい。

成程、このように狭小なスペースでコミュニティを築くことによって、人々は「家族」としての一体感や連帯感を養っていくのか・・・

 

「・・翔さん、いま何か失礼なこと考えてない?」

「いや別に?」

「ところで潤、櫻井さん今夜はあなたのお部屋に泊まるの?」

「ブッ」←お茶吹いた

「違うよ、翔さんは近くのホテルとってあるから」

「あらそうなの?ウチに泊まればいいじゃない、タダなんだから」

「確かに・・。翔さん、そうする?」

「え?」

「あ〜でもダメだ、ベッドがシングルサイズだもん」

「下にマットレス敷けばいいじゃない」

「う〜ん・・。そしたら翔さんどっちで寝る?」

「ちょうどマットレス2枚あるわよ」

「あ、じゃあ床に2枚敷いて一緒に寝よっか」

「・・!?(@_@)」

 

いやいや母親の前でそんな会話?

え、これって普通なの?

それともこの親子が天然だから?

 

「でもそのまえに、俺の部屋ちゃんと片付いてるかな」

「時々掃除はしてあるけど・・」

「翔さん待ってて、ちょっと見てくる」

 

潤がリビングを出ると、天然天使2号(お母さん)といきなり2人きり。

 

「・・あ、あの、今夜はやっぱり」

「そうそうそれでね(←聞いてない)、2人の結婚式のことなんだけど」

「!あの、その件ですが、私の方の親族は・・」

突然確信をついた話題に、説明しようとして姿勢を正すと

「大丈夫。そのことは潤から聞いてますよ」

 

ヒトのクローン作成は国家の超極秘機密事項だ。

故に天才と呼ばれる「博士」たちの出自についても個人情報保護の名のもと厳重に伏せられている。

だけど、どうしても身の回りの人たちに説明する必要がある場、、『施設育ちで親族家族はいない』というテンプレートの回答があった。

なので、潤も家族にはこのテンプレどおりに説明してもらっていて

 

「だから結婚式は私たちだけで小さく挙げるんでしょう?

それなら近くにパパのお友達が経営しているレストランがあるんだけど、よければそこで式を挙げて、お祝いの食事をするのはどうかしら?」

「・・・」

「そんなに高級なお店じゃないけど、お料理がとっても美味しいの。内装や家具もアンティークで素敵なのよ。

潤も大好きなお店で、お誕生日には毎年そこで、」

「・・あ、あの」

「?」

「あの、本当にいいんですか?男の俺で、しかもこんな天涯孤独な・・」

「まあ、そんな。ご苦労されて、こんな立派な博士にまでなられたのに・・、逆に櫻井さんこそ潤のような普通の男性でよかったの?」

「苦労だなんて、」

 

俺は何もしてない。

苦労や努力なんて、何もしてない。

生まれた時からこの頭脳を持って、何の苦労もなくここまで来た。

 

俺は潤とは釣り合わない。

本来なら使い捨てのクローンと、ヒトとの結婚なんて許されないのだから

だけどたとえ潤の家族であっても、本当の事を伝える事すら出来ない。

 

「・・あの、」

話そうとして、喉が支える

「すいません、俺なんかが・・」

「櫻井さん?」

 

この優しい人を騙している

このまま大切に育ててきた息子をクローンに取られてしまうなんて

そう思うと言葉が出なかった。

 

あーっ、母さんが翔さんを泣かしてる」

「え!?櫻井さん、泣いてるの!?」

「ちが、潤」

「ごめんなさい、結婚式のお店を勝手に決めるなんて失礼だったわね」

「え?何それ聞いてない、」

「ごめんなさい、母さん焦っちゃって」

「いや大丈夫です、式のことは全然」

「ちょっと待って、だいたい何で母さんが焦ってんの?」

「だって、せっかく式を挙げるなら明日がいいと思って」

「明日!?今日地球に還ってきたとこなのに?」

「あの、何で明日・・」

「だって明日は、」

「?」

「明日は、潤の誕生日じゃないの」

「・・あ」

「・・・、え?」

 

一一一

 

「誕生日」

 

そんな大事なことを忘れていたなんて。

20年振りの帰還に浮かれていた自分にも、そして当の本人である潤にも呆れたけれど

(そもそもクローンの誕生日なんて書類上の架空のもので、製造年月日はだいたい同期のクローンは皆同じ日だから、これまであまり誕生日に対して思い入れがなかった)

 

それが思いがけず、今でも息子の誕生日を大切にしている『母親』の愛情に触れて、胸が熱くなる。

息子の誕生日に、毎年お祝いしていたレストランで結婚式を挙げさせてやりたい、なんて

 

「・・いい話や・・(涙)」

「そ、そうかな?なんか恥ずかしいんだけど//」

「何言ってんだ、素敵じゃないか。よし、明日は張り切って式を挙げよう!」

「いや張り切らないで、普通でいいから」

 

「そういえば、櫻井さんの誕生日はいつなの?」

「・・え?」

「今年からは櫻井さんのお誕生日もお祝いしなきゃね」

「どうして・・」

「どうしてって、もう櫻井さんも家族でしょ?」

「・・家族?」

「そうよ。家族だからいつまでも櫻井さんなんておかしいわね。そうだ、母さんも翔さんって呼ぼうかしら♪」

「ちょっと母さん馴れ馴れしいよっ」

「翔さんもお母さんって呼んでね♡」

「・・・」

「翔さん、無理しないでね?母さんたらテンション上がっちゃって」

「・・おか」

「ん?」

「おかあ、さん・・、」

「・・お?」

「あら♡」

「お母さん・・」

「ハイハイ」

「潤・・」

「ハ、ハイ」

「誕生日、おめでとう」

「うん、明日ね?」

「これから、よろしくお願いします・・」

「櫻井さん・・、」

「翔さん泣いてる?」

「う・・、ごめ、」

「いやー、泣かないで!無理にお母さんって呼ばなくていいから!」

「いや母さん、多分それで泣いてるわけじゃ、」

「すいません・・、うう」

「翔さーん」

「いや~、母さんもらい泣きしちゃう」

「ちょっと母さんまでややこしいよ!」

 


潤が何故、今回の里帰りに無理矢理俺を連れて帰ったのか

何となくわかった。

 

潤は俺に、初めての『家族』を作ってくれようとしたんだ。

潤の母親となら、それが叶う

そうわかっていたから。

 

この涙は、初めて自分に家族が出来たことへの驚きと喜び

そして、そんなプレゼントをくれた愛おしい恋人への感謝の気持ちが溢れたから。

 

「潤・・、ありがとう」

「ふふふ、翔さんて泣き虫なんだね」

「地球にいると何でか涙もろくなるんだよ」

「ふるさとだもんね」

 

そして次の自分の誕生日にはきっとまた、有休使って2人でここへ帰ってきて

結婚式を挙げるレストランで、「誕生日のお祝い」とやらの家族のイベントが開催されるんだろう。

 

「・・俺の誕生日って、いつだっけ」

「は?」


戸籍を見ないとわかんねえよ。

だって、そんな未来があるなんて

あの頃の自分には想像も出来なかったんだ。

 



一 完 一

 

*ゆうちゃんの潤誕企画リンク集です↓

 ゆうちゃん取りまとめありがとう♡

 たくさんの方が参加されてます✨