自分の気持ちを自覚したら、元来の世話好き長男気質の血が騒いで

「あとは俺がやるよ。火傷のとこにまたお湯がかかったら大変だし」
「大げさだって。大丈夫だよ、気をつけるから」
「いいから。このお湯をフィルターの中に注げばいいの?」

手伝ったのはコーヒーだけに留まらず

「何やってんの?ウォーターサーバーのタンク?
俺が交換する、だって重いだろ」

「今日は水やり全部俺がするから、松本さんは部屋にいて」

「洗い物も俺が」

「・・あの、こんな火傷くらいホントたいしたことないから」
という松本さんの抵抗も聞き入れずやたらと世話を焼きまくって

「このあと買い物行くの?俺も一緒に行く」
「え?いいよそんなの。翔くんもう帰る時間でしょ」
「ばあちゃんには連絡しとくから」
「や、ホントに大丈夫だってば」
「・・あ、ばあちゃん?ごめん今日ちょっと遅くなるから。・・うん、夕飯は先に食べてて」
ピッ。
「・・ちょっと翔くん!」
「いいから行こ。荷物持ちくらいさせてよ」
「・・・」

松本さんはため息を吐くと
「・・今日だけね」
ゆっくり席を立った。

一一一

「いつも出かける時そんな感じ?」
「え?どこか変?」

帽子を目深に被り、サングラスまでしてる松本さん。

「なんか芸能人みたい(笑)」
「・・・」
「え!?もしかして、」
「ち、違う違う!人混みが苦手なんだよ」
「・・・」

マジで松本さん芸能人説有り得る、超絶イケメンだし。
にしてはテレビで見たことないけど・・(もしホントに芸能人なら絶対人気出そうだしな)
それとも、これも「心の病気」が関係してんのかな。


松本さんの買い物はごく短時間で、牛乳や生鮮食品といった最小限のものだった。
聞けば日用品や買い置きのほとんどはネットで買って配達してもらっているらしい。
カゴの中にビールやウイスキーの瓶が入ってるのが見えて
「松本さん、お酒とか飲むんだ?」
「そりゃ飲むよ」
「もしかして煙草も?」
「・・今はやめてる」
「へえ・・」

うわ。
なんか急に大人。
勝手に松本さんのこと、あの部屋に住む妖精みたいなイメージになってたのが
当然だけど普通に生活してるリアルな大人の男の人なんだと今さらのように実感して
「・・お酒飲んでるとこ見たことない」
「未成年の前では飲まないよ」
「・・・」

知らないうちにこんなとこでも子供扱いされてたのか・・
こんな些細な事に引っかかるのがまたガキっぽいんだろうけど。


「あ。このグラスいいね」
雑貨屋の前で足を止めた松本さんが手にしたのは、涼し気な色合いのガラスタンブラー。
「え、買うの?」
「翔くんの麦茶用によくない?」
「・・え」

俺の?
驚いてる間にさっさと2つレジに持ってった松本さんは、ニコニコして戻ってきて
「明日から使おうね」
「・・、ありがと・・」

とりあえず平静を装ったけど
紙袋を抱えた彼に飛びつきそうなくらい嬉しかった。


買い物を終えて松本さん家に戻る途中
『明後日そっち行くね!
ばあちゃん達と松本さんによろしく!(^_-)』
早速雅紀からLINEがきて
「はやっ」
「どしたの?」
「・・俺の友達がこっちに遊びに来るんだって」
「へえ。友達の田舎まで来るなんて、すごく仲良いんだね」
「まあ、一応親友っていうか・・」
「翔くんの親友なら絶対いいコだね」
「・・確かにすげえいいヤツだけど」

・・いい「コ」って。
またガキ扱いしてる。

「どうせ課題目当てだよ。毎年そうだもん」
「あはは、確かにアレは大変だね」
「そんでそいつ松本さんにも会わせろってうるさいんだけど、ここには絶対連れて来ないから安心して」
「何で?連れておいでよ」
「え!?・・いいの?」
「翔くんの親友でしょ?いいよ別に」
「・・・」

驚いた。
だって人と話すのが怖いって言ってたじゃん。
スーパーでも人目を気にするようにコソコソしてたのに・・
予想外の反応に戸惑うけど
「・・松本さんがいいなら、連れてくる」
「ん。ピザ焼いてあげるね」
ニコニコしてる松本さんに
彼が家に入れるのは自分だけだなんて、自惚れてたのがすこし恥ずかしくなった。


「しょーちゃ~~ん!」
改札から雅紀がブンブン手を振って大声で名前を呼ぶ。

「ちょ、おまえ声でけえって」
「え?いつもと一緒だけど?」
「いやその声もでけえな・・」
「まあまあ!今日はね、翔ちゃんにローホーがあるんだよローホーが!!」
「シーッ、だからデカいって声が!耳キーンってなるわ。
最近ばあちゃんとか松本さんとか声がちっせえ人としか会ってないからな・・」
「あっ、そうだ松本さん!ねえねえ会わせてくれるの!?」
「・・いいけど、ばあちゃん達には言うなよ?」
「わかってるって!」

ちょうど松本さん家は駅からのバスと同じ路線上にある。
お互い会いたがってるし、せっかくだから先にそっちに連れてくことにした。


「いらっしゃい。はじめまして」
「お邪魔します、相葉です!」

松本さんと雅紀が笑顔で挨拶を交わす。
この部屋に雅紀がいるのが何かヘンな感じ・・。

「どうぞ座って、ピザ焼いたから食べてね。
相葉くんも翔くんと同じ麦茶でいい?」
「ヤッター、ありがとうございます!うまそー!」
焼き立てのピザはマジで美味しそう。

「ベランダのバジルとトマト使ったんだよ」
「あ、あのトマト?鳥に食われなくてよかったね」
「翔くんが鳥よけのネット付けてくれたおかげ」
「よかった、今度枝豆にも付けとくよ」
「ありがと」
「ね、松本さんはいつもの水でいい?あと皿とグラスと何がいる?」
「ありがと、このおしぼり置いてくれる?」
「OK。あ、また水のタンク替えてる。俺がするって言ってんのに」
「大丈夫だよそれくらい(笑)。
あ、これもお願い」
「ん。ホラ雅紀麦茶。・・・なに?」

麦茶を手渡すと、雅紀がポカンとした顔で俺を見つめてきて
「翔ちゃんって・・」
「なんだよ?」
「なんか松本さんの彼氏みたい」
「ブッフォ!」

思わず飲んだ麦茶を吹いた。