ひとりで(ふたりで)←読み返しはこちら



「ハイ、これ。カズの」

突然目の前に差し出されたのは、黄色の長方形の紙とペン。

「ん?」
「七夕の短冊。飾るから、願いごと書いて?」
「・・・」

えっと。
ここは専務の秘書室で
俺は専務に書類の決裁をもらうために、ここへ来ていて
そして今、目の前でオフィスには似つかわしくないカラフルな紙の束を持ってニコニコしてるのは

「・・潤君」
「ん?」
「飾るって、どこに?」
「そりゃ笹でしょ。だって七夕だよ?」
「・・笹なんかどこに?」
「今朝ね、秘書課の木下さんが保育園から余った笹を貰って来てくれたの。
家に飾るとこも無いし、せっかくだから会社のロビーに飾ろうかって」
「え!?・・でもそんなこと、専務は」
「もちろん構わない✧」

ドアを開けて颯爽と現れたのは、ひと目見て高級だとわかるスーツを着こなした
「・・専務」
「翔さん」
「潤、俺も書いたよ」
この部屋の主、櫻井専務が赤い短冊をドヤ顔で秘書の松本君に手渡す。

「早い!さすが翔さん」
「・・ん?」
そこには
『夏のバカンスに行く。地中海ビーチリゾート。』
雑な字でデカデカと書かれてあって

「・・お願いにしては随分上からですね」
「俺の中では決定事項だからな」
「1週間も休みなんか取れるんですか?」
「そこは織姫頼みだ」
「・・・」

ま、希望はね。
実際は5日間くらいのアジア圏になりそうだけど。

「だって。よかったね、潤君」
「え!?」
「バカンス。潤君とでしょ」
「そ、そうなの?でも俺、何も聞いてない・・」
「潤、夏の休暇のことは全部俺に任せて?
いいかな」
「・・翔さん」

顔を赤くしてこくこく頷く潤君の頭を撫でて、今にもキスしそうな勢いの専務に
「ハイそこまでー。専務、お仕事です」
そうはいくかと書類を押し付けた。


櫻井物産の次期社長であり、若手の中でもやり手で評判のウチの専務は
恋人への束縛と、サプライズが何よりの大好物。

何も知らない潤くんをビックリさせて、喜ばせたり少し困らせたりすることがこの人にとっては至福の喜びで
彼への執着は側から見てるとすでに変態の域だと思う。

だけどその気持ちもわからなくは無い。
なんて言うか、潤君って・・・

「カズは?」
「・・え?」
「願いごと。書かないの?」
「・・・」

秘書室の机の上にはさっきの専務の短冊と
もうひとつ、紫色の短冊が。
そこには
『七夕の日が雲ひとつなく晴れますように。
彦星と織姫がずっとふたりでいられますように。』

「ふふ。願い事2つも書くなんて、潤君欲張りだね」
「・・だって、せっかく1年ぶりに再会できたのに、またお別れなんて可哀想でしょ」
「なるほど」

実感こもってるわけね。
少し考えて、潤君に借りたペンをサラサラと黄色の短冊に走らせる。

「じゃ、コレ。俺の願いごと」

『自分のまわりの人たちがいつも笑っていますように。二宮』

「カズ・・」
「ソレ、専務の短冊の横に飾っといて」
「狡いな〜、何だよその明らかに高感度狙いの短冊」
「あ、専務。もう決裁済みました?」
「見たよ。ちゃんとハンコ押しといたから」
「ありがとうございます。では」
「あ、カズも退社する時はロビーの笹見て帰ってね?
お昼休みに秘書課のみんなで綺麗に飾り付けするから」
「了解」

なんかオレだけ私利私欲に走ってるみてえじゃん!ってプリプリしてる翔ちゃんと
まあまあ、なんて嬉しそうに宥めてる潤君を残して秘書室のドアを閉める。

・・今ごろキスくらいしてんのかな。
いやドサクサに紛れてそれ以上のことも・・・

「・・あの2人ならあり得るな」


強引な翔ちゃんに翻弄される潤君も
突然のサプライズに「え?え!?」ってビックリして戸惑う潤君も
嬉しくて、泣いてしまう潤君も

出会ってからの彼は、その何時だって
とても幸せそうだったから。

俺は、そんな潤君を見てるのが本当に好きで。
潤くんには、ずっと幸せで
翔ちゃんの隣で笑っていて欲しい。

心からそう願ってるし
それを自分の隣で、なんて思ったことはない。

だけど
出来ればずっと、その笑顔をいちばん近くで見ていたいと思う自分の気持ちにも
本当は随分前から気づいていた。


ーーー

仕事を終えて、帰り際通りがかった広いロビーの片隅には
潤君が言ったとおり、色とりどりに飾り付けされた笹の葉が飾られてあった。

俺の黄色の短冊の横には
『みんなの願いが叶います様に。雅紀』
勢いのある字で書かれた緑の短冊。

「この人の場合、マジでそう思ってるんだよな・・」

向日葵みたいに明るく、曇りのない笑顔が脳裏に浮かぶ。
相葉さんとは、彼の誕生日でもあるクリスマスイブを2人で過ごしてから、休みの日には時々お互いの家を行き来するようになって
友達のような、それ以上のような
微妙な関係がもう半年くらい続いていた。

「好きなひと、か・・」

あれ以来、相葉さんからその質問をされたことはなく
お互い何となく、そういう話題を避けている。

別に答えたくないんじゃない。
ただ自分でも、どう答えればいいのか分からなかった。


触れるとさらさらと揺れる笹の葉に結えられた、黄色の短冊。
これだって別に適当に書いたわけじゃなくて
今の俺の願いごとなんて、ホントにこれしかなかったから。

「・・なんてね」

マジで高感度狙いだったとしたら、相葉さんには負けちゃってるかな。
苦笑しながら外に出て夜空を見上げると
そこはどんより厚い雲に覆われて、星のひとつも見えなくて

残念ながら明日の夜は雨だろう。

それでもあの笹の葉に飾られた、全ての短冊の願い事が叶うようにと願わずにはいられない。

どうか幸せに
いつも、いつまでも。


『貴方がいつも笑っていますように』


*七夕の夜に、1年前のツーショットをアップするなんて…
やっぱり翔くんてロマンチック❤️