「埋め合わせにこのあと飲みに行かない?
美味い熟成肉食わせる店があるから奢るよ」

思いがけない翔くんからの誘いに
あの日から凹んでた自分の気持ちが一気に浮上した。

翔くんの方から誘ってくれること自体珍しいし
そんなふうに気にしてくれるってことは、あの日は本当に気分が悪かったのかもしれない・・
・・なんて、我ながらチョロいと思うけど。

廊下を歩きながら仲間からの飲みの誘いに即断りのメッセージを入れてると、ちょうど翔くんから店のURLが送られてきてニマニマしてしまう。
緩む口元を抑えて移動車に乗り込もうとして
「・・あ。しまった」
ライブ構成の資料が入ったファイルを楽屋に忘れてきたのに気づいた。
「ごめん、ちょっと待ってて」
運転席のマネージャーに声をかけ、慌てて楽屋に戻る。
まだ翔くんもいるのかな?なんて思っていたら、大野さんが入っていくのが見えて足が止まった。

・・どうしよ。
あれ以来、何となく2人でいる所を見るのを避けてしまうようになった。
どっちかが出たら入ろうか・・、と待ってみたけど、誰も出てくる気配はなく
「ま、いっか」
そっと入って、ファイルだけさっさと取ってこよう。

そう思ってドアを開けようとして
「?」
・・開かない。
え?カギがかかってる?
色んな人が出入りする楽屋にカギがかかってるなんて珍しい。
何でだろ?と何気なく耳をドアに押し当てると

中から机や椅子が立てるガタガタした物音と
『・・っやめ』
翔くんの声が聞こえた。

「!?」
初めは言い争ってるのかと思った。
だけど

『いや・・、智くんっ』
『あっ、あっ・・っ、だめっ・・・』

「!?」

・・なにこれ?
え?これってまるで
・・え?

「・・嘘だろ・・」

サーッと血の気が引いて足元が震える。
・・聞いちゃダメだ。
早くここから離れないと・・・

そう思うのに、漏れ聞こえてくる翔くんの艶めかしい声に囚われて
身体が石になったように動かない。
バカみたいにその場に突っ立っていると、足音がして
「あ、松本さん」
大野さんのマネージャーがやって来た。

「大野さんと櫻井さん、まだ中ですか?
2人とも車に来てないんですけど・・」
「・・、知らない」
それだけ答えて、やっとドアから離れる。

2人なら、まだ中にいるよ。
お取り込み中だけどね。

背後から、マネージャーがドアをノックする音と
それに応える大野さんの声が微かに聞こえた気がする。
「・・喧嘩かな?」
マネージャーが呟くのに振り返らず、そのまま車へと向かった。


不思議とショックより、納得の感情の方が大きいかった。

そうか。
そういうことか。
だから、あの日も・・・
そうだったのか。
そんな答え合わせが出来たような気持ちだった。

『お願い、智くん・・』

初めて聞く翔くんの喘ぎ声は、まるで泣いているようで
それが余計に生々しかった。


「ごめん!」
送れて店に来た翔くんは、それは申し訳なさそうに平謝りで。
「いいってば。それより翔くん、すごい汗」
「車からダッシュしたから・・、てかこの店ちょっと暑くねえ?」
そう言って上のシャツを脱いだ翔くんの、汗が伝う胸元から思わず目を逸らした。


「プパーーッ」
一気に半分以上減って、ダン!と勢いよく置かれたジョッキ。
「すごいね、ビールのCMみたい」
「そう?新しいCM来るかな?」

ビールを一気に煽り、料理を口いっぱいに頬張って、楽しい話で俺を笑わせてくれる翔くんは
俺の知ってるいつもの翔くんで、さっき楽屋で聞いた声は幻だったんじゃないかと思う。

それならさっきのことは忘れて、せっかくの美味しい料理と翔くんとの時間を楽しもう
そう自分に言い聞かせるのに
翔くんが俯いた時にふと目についた、うなじに残された紅い痕。
その瞬間すっと酔いが醒めた。


・・ああ
やっぱりそうか。
にしても、ソレ。
俺と会う直前だなんて、どんだけだよ。

翔くんは同性との恋愛に抵抗がある・・、いやそれ以前に、そんな発想すらないタイプだと思ってた。
結局、俺は男だから翔くんに選ばれなかったわけじゃない
翔くんにとって俺は、男とか女とか関係なく完全に恋愛対象じゃなかった。
大野さんとの関係を知って、ようやくそれがわかったんだ。
長い間、そんな事にも気付かずに想い続けてきたなんてバカみたい。

「よかった。
翔くん、いま幸せなんだね」

これでやっと、不毛な片思いを吹っ切ることが出来る。

脳裏にこないだのはるちゃんの笑顔が浮かんだ。
無理して笑ってる彼女と、今の自分が重なる。
彼女には、俺と同じような気持ちにさせたくない。


「俺も、ちゃんと幸せにならないとね」
「・・幸せになれよ」

長い間、ずっと誰にも言えなかった
自分にとってかけがえのない大切な気持ちが
まるで他人事のように、さらさらと流れて行った。