テニス部を辞めたあと美術部に入部したのは、智の影響だった。
智はプロのイラストレーターで、家に行くと彼の作品がたくさん置いてあって
それらを見るのがとても好きだったから。

自分で描くのも、下手だけどそれなりに楽しくて
今描いている絵が完成したら、智に見せたいと思っていた。

だけど
きっともう、その機会はない。



「・・すいません。今日はこれで帰ります」
全く進まない筆を置き、部長に挨拶だけして美術室を出る。

・・美術部も辞めてしまおうか・・
なんて考えながら、そのまま家に帰ろうとしていたはずなのに
足が勝手に教室へと向かう。

部活も終わりに近い時間、どの教室にも人気はない。
ドアを開け、電気も点けずに
窓際の自分の席の隣、翔くんの席に座った。

今日は一日ほとんど口をきかず、お昼も一緒に食べていない。
俺もだけど、翔くんも俺と目を合わそうとしなかった。
きっと金曜の俺の態度に怒ってるんだろう。


「・・しょおくん・・」
呟いて翔くんの机に突っ伏すと、自然と涙が頬を伝う。

もう、自分がどうしたらいいのかわからなくなっていた。

告白してくれる女の子たちを泣かせて
優しく見守ってくれていた智も傷つけて
自分の気持ちだけを大切にして

俺はいったい何をしてるんだろ。


好きでいることも苦しくて
諦めることも出来なくて
このまま友達として側にい続けるなんて、本当に出来るのかな・・

今の翔くんとの歪な距離は、そのまま俺の歪んだ気持ちの表れだ。


「松潤?」
不意に翔くんの声で呼ばれて
「翔くん!?」
驚きのあまり、音を立てて椅子から飛び上がる。

「え、何で?おまえ部活は?」
「・・っ」

・・しまった、よりによって翔くんの席に座ってるところを見られるなんて

しかも

「・・松潤?」
「ちが、これは」
「・・何で泣いてんの?」

どうしよう
俺が翔くんの席に座って泣いてるなんて状況、どう考えてもおかしいだろ
どうしよう、何て言い訳すれば・・

「・・ごめん。俺のせいか?」
「違う、翔くんのせいじゃ」
「俺があんなこと言ったから?」
「違うって」

翔くんの『あんなこと』が何を指すのか、もう頭がパニックで

「悪かった。でも、もう言わない・・とは言えない」
「・・え?」
「だってヤなんだもん、二宮とのこと内緒にされんの。ついでに俺には関係ないって言われんのも」

・・え?
ニノ?
・・何で今、ニノの名前?

「あの、翔くん・・、何でそんなにニノのことに拘るの?」

俺の単純な疑問に、翔くんはうーん、と眉を寄せて
「だからそれは、・・ヤキモチ?」
「え?」
「だから、それは、俺がおまえのことが好きだから・・・、はあ!?」

・・はあ!?(@_@)

「・・・」
「・・・」

自分で言っといて自分に突っ込んでる翔くんと
その言葉の意味がまだ理解出来ない俺

しばらく2人とも無言で見つめ合って

「・・あの、それって、どういう・・」
「・・、ですよね」

翔くんの間の抜けた返事に、こくこく、と顔だけで頷く。

「や、ちょっとうっかり言っちゃって・・」

ちょっとうっかり!?

「・・それって、友達として?
それとも、その、LOVEの方の・・?」
「え?それ聞く?」
「(そりゃ聞くでしょ!)・・あの、そこ俺にとって割と重要っていうか・・」
「あ、そう?・・ってまあ、そうか・・」

またこくこく。

何やら思案顔の翔くん。
こんな時だけど、西日を受けてキラキラ輝く金色の髪が綺麗で
ちょっと眉を寄せて、唇に指を置いて考えてる表情は、やっぱりすごくかっこいい・・・
なんて場違いなことを思う。


そのうち翔くんが、目をくりっとさせて俺を見ると

「友達として好きとか、わざわざ言わねえし・・
多分、LOVEなんじゃねえの」
「・・多分」
「や、俺も今気づいた(笑)」
「・・・」

『(笑)』ってなに?
うっかりって、多分って、・・・

「・・っおい、松潤!?」

ぼろぼろっ

突然、音がしそうな勢いで、涙が零れてきて

「・・っ、」
処理出来ない感情に完全に頭がショートしてる。

「な、泣くなって!へんなこと言ってゴメン!」

焦ってる翔くん。

「・・っ、な、・・じゃないっ・・」
「は?」
「へんなことじゃ、ない・・・」
「へ?」
「だって、おれ・・っ」
「まつゆん、」


ああ
俺、きっと、涙腺がバカになったんだ
 
「・・っ、う・・」

次から次へと涙が込み上げて
さらには嗚咽でもう何も言葉になんない。


「もう、泣くなって・・!」

急にバフ、と衝撃がしたと思ったら
俺は翔くんに抱きしめられていた。

いつも隣で嗅いでいた翔くんの匂い
翔くんの体温


ーーねえ
本当に?

本当に、俺が好き?


「・・翔くん・・、」

早鐘を打つ鼓動
震える腕を、やっとの思いで翔くんの背中に回す。


何から話せば
何から伝えればいいんだろう。


ねえ翔くん、俺は
ずっとずっと
貴方のことが好きだったんだよ。


*潤サイド、長かった〜