おばあちゃんの命日が10月。


そうだった、と思って

過去のmixi日記を見てみたら

書いてあった。

もう、いつ亡くなったかなんて思いだせない。

ダメな自分。

脳が勝手に忘れようとしているのか


日にちよりも

相手への思いだけが
残っているからなのか。。


ちゃんと沖縄に帰って
向き合える日がくるのだろうか。


いつまでも

いつまでも

心の中にいる家族。









2006年10月の日記

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ばあちゃんの命日だったのを思い出した。

思い出したら泣けてしまった。
最近まれにない大泣きに近い。



ばあちゃんは施設で寝たきりだったからあまり会いにいくことも出来なかった。


でも、亡くなる前の年に
お母さんの13回忌で帰ったときにばあちゃんに会った。

いつも施設の人が「孫のみれいだよ~ハルさんわかる~?」ってばあちゃんに言ってくれてた。

会うたびに痩せてて
顔見ても誰かわかってるのか反応も少なかったりするのを見ると

いつも泣くのを我慢していた。


決まってしばらくすると
「のり子は~」って
お母さんのこと聞いてた。

お母さん、いないのに。



帰り際には

こちらに気付いて

少し嬉し泣きなのか

涙流しながら手を握ってくれてたんだ。

細い小さな手。



小さい頃、石垣から那覇に来たときは
夕方いつも一緒に散歩してた。

石垣のばあちゃんちに
預けられるときは

自分が夜にセキこんだりしてたもんだから

夜に薬屋さんに行って
セキ止め買ってもらってた。

小さい頃は「ぜんそく」もちだったから
まわりに心配ばかりかけていて、幼稚園の頃は半分くらい入院してた気がする。


優しかったばあちゃん。



あまり、ばあちゃん孝行できなくてごめんね。


いつもありがとぉね。



いつも泣き虫だけど、

今日だけはごめんね、
さらになちぶーさぁ(泣き虫)



友達が亡くなった人を思い出したり、思い出して泣いたりするのも供養だってお坊さんが言ってたよ。

そんなメールが届いた。


ありがとう。


優しさにまた泣けた。

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