巻六 国民の生活権利

児童の権利

満十五歳未満の父母または父なき児童は、国家の児童たる権利において、一律に国家の養育および教育を受くべし。国家はその費用を児童の保護者を経て給付す。

父生存してしかも父に遺棄せられたる児童また同じ。ただしこの場合において国家は別途その父に対して賠償を命じ、従わざるものは労働を課して賠償に充てしむ。

父母の遺産を相続せる児童、または母の資産あるいは特種能力において教養せられ得る児童は、国家と協議の上この権利を放棄せしめらるべし。

注一 人の居常かつ終生の憂惧は子女の安全なる生長にあり。封建時代の武士がすべて後顧の憂なきがためにその道義的奮進または犠牲的冒険を敢行し得たるごとく、国民はその子女の国家的保障のため戦場においても平和のそれにおいてもなんら後顧の憂なし。その児童の権利として児童そのものを権利主体とせるは、父母の如何にかかわらず、第二の国民たる点において国民的人権を有するをもってなり。

注二 父なき児童が孤児と同一なる権利を有する所以は、婦人は男子たる父と同一なる労働をなすあたわざる原則に基づく。慈悲深き賢母を労働の苦役に駆り貞節なる良妻を売淫の汚濁に投ずるは、夫たり子女たる国民の忍ぶあたわざるところ。国家は夫と子女と婦人そのものとのためにその義務を完うせざるべからず。ただし母その人の生活は母自身の維持すべきものとす。

注三 父生存して遺棄せられたる児童また同じきはすべてこの理由による。結婚と単なる情交とを差別せず、しかして賠償を別途に命じて同居を父に強いざる所以は、遺棄んたる事情が背徳にせよまたは積極的活動のためにせよ干渉すべからざる別事なればなり。

注四 父母共になき児童を孤児院に収容せざる所以は、孤児院の弊害はなはだしきと、児童の保護者として血族長者の保護に優る者なきをもってなり。全然保護者なき孤児は国家の収容すべきは論なし。

注五 以上児童の権利はおのずから同時に母性保護となる。

国家扶養の義務

貧困にして実男子また養男子なき六十歳以上の男女、および父または男子なくして貧困かつ労働に堪えざる不具廃疾は国家これが扶養の義務を負う。

注一 実男子または養男子として婦人に扶養の義務を負荷せしめざる所以は、婦人は自己一人以上を生活せしむる労働力なき原則による。かつその女が他家に嫁して余力ある者といえども、その老親の扶養を夫の資産労働に依頼せしむることは、父母の屈従不安を招きさらに婦人をして夫の前にその人格的尊重を傷づくるに至らしむ。すなわち婦人に老親を負担せしめざるは日本古来の不文律にして同時に婦人人権の擁護なり。

注二 実男子または養男子に貧困なる老親を扶養せしむるは欧米の贋的個人主義と雲泥の差あるもの。かの「ロイドジョージ」氏の試みたる養老年金法案のごときは、国民の大部分が扶養すべき男子を有するがゆえに、日本においてはここに掲ぐる例外的不幸を除きて無用なる立法なりとす。

注三 不具廃疾者をその兄弟遠族または慈善家の冷遇に委するは不幸なる者に虐待を加うると同じ。その母または女子に負荷せしめざる所以は、愛情ありといえども扶養能力なきがゆえに、結局その兄弟または娘の夫の負担となりて、立法の精神を殺すものとなるをもってなり。

注四 兵役義務のために不具廃疾となれる者の国家扶養の義務は別に法律をもってその扶養を完うすべし。もとより別個の問題なり。

国民教育の権利

国民教育の期間を、満六歳より満十六歳までの十ヵ年間とし、男女を同一に教育す。

学制を根本的に改革して、十年間を一貫せしめ、日本精華に基づく世界的常識を養成し、国民個々の心身を充実具足せしめて、おのおのその天賦を発揮し得べき基本を作る。

英語を廃して国際語(えすぺらんと)を課し第二国語とす。

女子の形式的また特殊的課目を廃止し小学、高等小学、中学校に重複するものを廃して一貫の順序を正しくす。

体育は男女一律に丹田の鍛冶より結果する心身の充実具足に一変す。したがって従来の機械的直訳的運動および兵式訓練を廃止すべし。

男女の遊戯は撃剣・柔道・大弓・薙刀・鎖鎌等を個人的または団体的に興味づけたるものとし従来の直訳的遊戯を廃止す。

この国民教育は国民の権利として受くるものなるをもって無月謝、教科書給付中食の学校支弁を方針とす。

男生徒に無用なる服装の画一を強制せず。

校舎はその前期を各町村に存する小学校舎とし、後期を高等小学校舎とし、一切物質的設備に浪費せず。

注一 男女共中学程度終業をもって国民たる常道常識を教育せらるるもの。ようやく文字を解し得るか得ざるかの小学程度をもって国民教育の終了とするは国民個々の不具と国家の薄弱を来すものなり。これ教育すべき国家の窮乏せると、教育せらるべき国民に余裕なかりしをもってなり。一貫したる十年間の教育は、その終了と同時に完全具足したる男女たるべく、さらにその基本をもっておのおのその使命的啓発に向って進むを得べし。

注二 女子を男子と同に一教育する所以は、国民教育が常識教育にしてある分科的専攻を許すべき年齢にあらざると共に、満十六歳までの女子は男子と差別すべき必要も理由もなきをもってなり。したがって女学校特有の形式的課目女礼式、茶湯、生花のごときまた女子の専科とせる裁縫、料理、育児等の特殊課目は全然廃止すべきものとなる。前者を強制するは無用にして有害なり。後者は各家庭において父母の助手としてみずから修得すべし。女子に礼式作法が必須課目ならば男子にも男子のそれがしかるべく、茶の湯、生花がしかるならば男子に謡曲を課せざれぱ不可。車夫の娘に「ビフテキ」の焼方を教授し外交官の妹に袴の裁方を説明し、月経なき少女に育児を講義するごとき、今の女子教育のすべては乱暴愚劣真に百鬼夜行の態なり。学校はすべてにあらず。各人の欲するところに随い各家の生活事情に応じて学ぶべき幾多のものを有す。

注三 一切にわたりて英語を廃する所以。英語は国民教育として必要にもあらず、また義務にもあらず。現代日本の進歩において英語国氏が世界的知識の供給者にあらず。また日本は英語を強制せらるる英領インド人にあらず。英語が日本人の思想に与えつつある害毒は英国人が支那人を亡国民たらしめたる阿片輸入と同じ。ただ英語ほど普及せずしてしかも英語思想以上に影響を与えたるドイツ語によりてその害毒の緩和せられたる天佑を有するのみ。英語国民の浅薄なる思想を通じて空洞なる会堂建築として輸入されたるキリスト教。人格権の歴史的覚醒たる民主々義が哲学的根拠を欠如したる民本主義となりて輸入されつつある「デモクラシー」。英米人の持続せんとする国際的特権のために宣伝されつつある平和主義・非軍国主義が、その特権を打破せんがために存する日本の軍備および戦闘的精神に対する非難として輸入されつつある内容皆無の文化運動。単にこれらをのみ視るも一利に対して千百害あること阿片輸入の支那を思わしむ。言語は直ちに思想となり思想は直ちに支配となる。一英語の能否をもって浮薄軽兆なる知識階級なるものを作り、店頭に書冊に談話にその単語を挿入して得々情々として恥無き国民に何の自主的人格あらんや。国民教育において英語を全廃すべきは勿論、特殊の必要なる専攻者を除きて全国より英語を駆遂することは、国家改造が国民精神の復活的躍動たる根本義においてとくに急務なりとす。

注四 国際語を第二国語として採用する所以。しかしながら実に他の欧米諸国に見ざる国字改良、漢字廃止、言文一致、ローマ字採用等の議論百出に見るごとく、国民全部の大苦悩は日本の言語文字のはなはだしく劣悪なることにある。その最も急進的なるローマ字採用を決行するとき、幾分文字の不便は免るべきも言語の組織そのものが思想の配列表現においてことごとく心理的法則に背反せることは、英語を訳し漢文を読むにすべて日本文が顛倒して配列せられたるを発見すべし。国語間題は文字または単語のみの問題にあらずして言語の組繊根抵よりの革命ならざるべからず。しかして不幸なる幸は中学教育に英語を課し来れる慣習のために、その程度の教育者も被教育者も、何らかの言語を習得すべきことを必須的に確信せることなり。国際語の合理的組織と簡明正確と短日月の修得とは世人の知るごとし。成年者が三月または半年にて足る国際語の修得が、中学程度の児童、一二年にして完成すべきことは、英語が五年間没頭してなお何の実用に応ずる完成を得ざる比にあらず。児童は国際語をもって国民教育期間に世界的常識を得べし。しかして欧米の革命的団体は大戦のはるかに以前これをもって国際語とせんと決議せしほどのもの。最も不便なる国語に苦しむ日本はその苦痛を逃るるためにまず第二国語として並用する時、自然淘汰の理法によりて五十年の後には国民全部がおのずから国際語を第一国語として使用するに至るべし。したがって今日の日本語は特殊の研究者にとりて梵語、「ラテン」語の取扱を受くべし。

注五 国際語の採用がとくに当面に切迫せる必要ありという積極的理由。下掲国家の権利に説くごとく、日本は最も近き将来において極東・シベリア・濠州等をその主権下に置くとき、現在の欧米各国語を有する者のほかに新たにインド人・支那人・朝鮮人の移住を迎うるがゆえに、ほとんど世界すべての言語をわが新領土内に雑用せしめざるべからず。これに対して朝鮮に日本語を強制したるごとく我みずから不便に苦しむ国語を比較的好良なる国語を有する欧人に強制するあたわず。インド人・支那人の国語また決して日本語より劣悪なるというあたわず。この難間題は実に三、五年の将来に迫れるものなり。主権国民がシベリアにおいて露語を語り濠州において英語を語る顛倒事をなすあたわざるならば、日本領土内に一律なる公語を決定し彼らが日本人と語るときの彼らの公語たらしめざるべからず。劣悪なる者が亡びて優秀なる者が残存する自然淘汰律は日本語と国際語の存亡を決するごとく、百年を出でずして日本領土内の欧州各国語、支那、インド、朝鮮語はまた当然に国際語のために亡ぶべし。言語の統一なくして大領土を有することはただ瓦解に至るまでの槿花一朝の栄のみ。

注六 体育を丹田本位と決定する所以は、ただ肉体の一面のみを見るも根本的体育たるをもってなり。すでに日本の各方面に先覚者の簇出して実証を示しつつあるところなり。これらに示さるるごとくインドに起りたるアジア文明は世界より封鎖せられたる日本を選びて天の保存したるもの。単に手足を動かし器具に依頼し散歩遠足をもって肉体の強健を求むる直訳的体育は実に根本を忘れて枝葉に走りたる彼らの悪摸倣なり。特に女子をして優美繊麗のままに発達したる強健を得せしむるには丹田の根本を整うる以外一の途なし。変性男子のごとき醜き手足を作りてしかも健康の根本を培わざる直訳体操はとくに厳禁を要す。

注七 兵式体操を廃止する所以は、その形式また実に丹田の充実を忘れたる外形的整頓に促われたるものによるも一理由なり。かつ下掲のごとく日本国民は永久に兵役の義務を有し、かつ一年志願兵特権はこれらの訓練あるを一理由となすをもってそれをも廃止するがゆえに、兵役においてすべきことはすべて兵営においてすべし。さらに他の一理由は日本の将来は陸上にあると同一以上の程度において海上にあるがゆえに、国民教育においてただ陸軍的摸倣をなさしめて海兵的訓育を閑却することの矛盾なるをもってなり。国民教育の要は根本の具足充実にあり。丹田本位の心身を鍛冶し十年間一貫の常識教育を施さばもって海兵に用うべくもって陸兵に用うべし。兵の素質において二等卒も今の少尉級に劣らず。

注八 単純なる遊戯として男子が撃剣柔道に遊び女子が長刀鎖鎌を戯るるはその興味において「べースボール」「フートボール」等と雲泥の相違あり。精神的価値等を挙げて遊戯の本旨を傷くべからず。こは生徒の自由に一任すべし。現今の武器の前に立ちてこれらに尚武的価値を求むるに及ばず。日本人の一般生活に没交渉なる直訳的遊戯を課するの滑稽さは床柱を背にして小猿のごとく跪坐する洋服姿と同じ。

注九 国民教育の児童に対して無月謝、教科書給付、中食の学校支弁とする所以は、国家の児童に対する父母としての日常義務を果すものなり。現今の中学程度における月謝と教科書とは一般国民に対する門戸閉鎖なり。無月謝より生ずる負担は各市町村これを負うべく、教科書は国庫の経費をもつて全国の学校に配布すべし。中食の学校支弁の理由は第一に登校児童のために毎朝母を労苦せしめざることなり。第二の理由はその中食に一塊の「パン」薩摩芋、麦の握飯等の簡単なる粗食をなさしめ、もって滋養価値を云々して真の生活を悟得せざる科学的迷信を打破するにあり。第三の理由は幼童の純白なる頭脳に口腹の欲に過ぎざる物質的差等をもって一切を高下せんとする現代までの悪徳を印象せしめざるにあり。学校としては簡単なる事務にして、もし児童の家庭が悪感化によりて食事を肯んせざる者あらば教師の権威をもってその保護者を召喚訓責すべし。

注一〇 今の中学程度の男生徒に制服として靴洋服を強制することは実に門戸閉鎖の有力なる一理由なり。その不合理なることあたかも現時の欧米に「キモノ」服が普及したるをもってそれを室内の制服として強制せんというと一般なり。和服の不便なる裁方なりというは別問題なり。居常の衣服を登校に用ゆるを得ざる大々的不便をその父母の経済に課して何の便不便ぞ。実に今の日本教育のすべては教育にあらずして.ただ外形の摸倣なりとす。

注一一 校舎に巨費を投ずるはまた最悪なる直訳的摸倣なり。この国民教育の根本的革命は戒厳令施行中より実施すべきものなるをもって、現時の校舎を直ちに使用すべきことを明示したり。器械的科目たる理化学においても今の中学校程度において別個の教室を設備するごとき摸倣的浪費の一。

注一二 以上の国民教育の説明によりて大学および大学予備校の方針、またそれが生徒の自費たること等は推想し得べし。しかして不用なるべき各地の中学女学校舎はあるいはこれを取り毀ち、または大学予備校の校舎または単科大学の校舎となすを得。

婦人人権の擁護

その夫またはその子が自己の労働を重視して婦人の分科的労働を侮蔑する言動はこれを婦人人権の蹂躙と認む。婦人はこれを告訴してその権利を保護せらるる法律を得べし。

有婦の男子にして蓄妾またはその他の婦人と姦したる者は婦の訴によりて婦人の姦通罪を課罰す。

売淫婦の罰則を廃止しそれを買う有婦の男子はこれを拘留しまたは罰金に処す。

注一 現行法律における離婚の理由たる虐待云々の意味にあらず。かつこの訴は必ずしも離婚を目的とせず、実に婦人が男子の労働に衣食するかの誤解ありて、男子の労働がその実かえって婦人の分科的労働の助力あるがゆえに行なわるるを忘却する横暴なる行為を禁じ、特に法律をもって婦人の人権を擁護するものなり。もしこの立法が男子の道念によりて行なわれざるならば忌むべき婦人労働となり婦人参政権運動となるべし。

注二 男子の姦通罪を罪することは第一に一夫一婦たる国民道徳の大本を明らかにするがためなり。国家の興廃はことごとく男女の大本の清濁にあり。現時の欧州諸国に「ノア」の洪水が来れる所以を考え、同胞残害して地獄を現世に示しつつあるロシアを考えよ。いかに早くすでにこの大本が腐爛し尽したるかを見ん。日本国民が全アジアの盟主たる大使命あるならば、人倫の大本を厳守励行する立法は実に一日を忘るべからず。第二の理由は国家の児童に対して大父母たる立場においてその生みの父母は単なる保姆の任を負うものなり。保姆の一方が残虐なる苦痛を他の一方に加えて横暴と悲惨とを居常見聞せしめらるる児童の悪感化に対して、国家は大父母の権利において残虐なる一方を処罰すべし。第三の理由は婦人人権の擁護なり。

注三 この一夫一婦制の励行はかの白由恋愛論の改訳革命家と人生の理解を根本より異にせるものなり。かれに従えば男子の姦通罪を罰する法律の代りに女子の姦通罪を罰する現行法律を廃止せば足れりというべし。自由恋愛論の価値は恋愛の自由を拘束する時代の政治的経済的宗教的阻害者を打破せんとする点にあり。これを途方もなき一夫一婦制に対する反逆と考うるは、あたかも政治的特権者に向つて叫ばれたる政治の自由を平等なる国民間に脱線せしめて、相犯さざる各自の自由を蹂躙することも等しく政治の自由なりという低能者の昏迷なり。国民平等の自由が特権にあらざるごとく一夫一婦制は何らの特権にあらず。自由は自由の侵害者を拘束せざるべからず。一夫一婦は妻の恋愛を自由ならしめんがために夫の濫用せんとする恋愛の自由を拘束せんとするなり。彼らの昏迷せる自由の解釈は、自由をもって放火の自由殺人の自由も自由なりと結論せしむるものなり。すべての自由が社会と個人その人の利益のために制限さるるごとく、恋愛の自由また国民道徳とその保護者とのために制限せらるるは論なし。この一夫一婦制は理想的自由恋愛論の徹底したる境地なり。ただし今はこれを説くの時期到来せず。

注四 現行法律が売淫婦人をのみ罰して買淫男子を罰せざるは姦通罪が婦人をのみ、罰して男子に及ばざると等しき片務的横暴なり。貞操の売買はこの改造組織の後においては漸次消滅すべきことを信ずと共に、しばらくの近き将来に存在すべきそれらに対して、国家は両者共に法律をもって臨まざる方針を取るべし。ただし有婦の男子が淫を買うは明らかに一夫一婦の大本を紊る者なるをもって別個の意味において加罰するものなり。拘留罰金をもってせるは婦の訴なき場合において姦通罪を検挙せざる原則による。かくして軽き国家の制裁を受くることによりて、男子は家族に対する権威を失し交友における信用を損する重大なる苦痛を受くるをもっておのずから身を慎みまたもって婦人人権の擁護となり、全家族生活の保障を加うることとなるべし。

注五 独身の男子を除外せるは決してその性欲を正義化する所以にあらず。婦人が純潔を維持するごとく男子がその童貞を完うして結婚することは双方の道義的責務なり。そのこれを罰せざる理由は、末婚婦人が純潔を破るも法律の干与せざると等しく道徳的制裁の範囲に属するをもってなり。

国民人権の擁護

日本国民は平等自由の国民たる人権を保障せらる。もしこの人権を侵害する各種の官吏は別に法律の定むる所によりて半年以上三年以下の体刑を課すべし。

末決監にある刑事被告の人権を損傷せざる制度を定むべし。また被告は弁護士のほかに自己を証明し弁護し得べき知己友人その他を弁護人たらしむべき完全の人権を有すべし。

注一 人権を蹂躙してかえって得々たることわが国の官吏のごときは少なし。これ欧米諸国より一歩を先んぜんとする国民的覚醒を裏切る大汚濁なり。体刑と明示せる所以はその弊風実に体刑をもってせずんば一掃するあたわざる官吏横暴国なるをもってなり。この戦慄より来たる反省改過は鏡にかけて見るがごとし。

注二 末決監にある被告を予備囚徒として待遇しつつあることは純然たる封建の遺風なり。これを反対に無罪なる者と仮定するとき現時のごとき凌辱なし。警察また然り。要するに有罪を仮定するがゆえに末決期の日数を刑期に加算する等のことあるにて明らかなり。この根本にして明白ならば末決監中の人権蹂躙はおのずからにして跡を絶つべし。

注三 被告人は罪人にあらずしたがって弁護人の自由を無視または制限さるる理由なし。特に職業弁護人と限らるるがために被告の平常事件の真相に通ずる者をもって直接に法官と対せしむるあたわず。ために事件の鑑察、法の適用において遺憾多く、被告の不利および延いて法官の判断を誤り法の威厳を損傷するはなはだしき現状なり。

注四 社会主義者のある者のごとく一切の犯罪なき理想郷を改造後の翌日より期待するは空想なり。もとより現今の政治的経済的組織より生ずる犯罪の大多数は直ちに跡を絶つべきは論なし。国家の改造とはその物質的生活の外包的部分なり。終局は国民精神の神的革命ならざるべからず。十年一貫の国民教育が改造の根本的内容的部分なり。

勲功者の権利

国家に対しまたは世界に対して勲功ある者は、戦争・政治・学術・発明・生産・芸術を差別せず、一律に勲位を受け、審議院議員の互選資格を得、いちじるしく増額せられたる年金を給付せらるべし。

婦人また同一なるは論なし。ただし政治に干与せざる原則によりて審議院議員の互選資格を除く。

注一 国民は平等なると共に自由なり。自由とはすなわち差別の義なり。国民が平等に国家的保障を得ることはますます国民の自由を伸張してその差別的能力を発揮せしむるものなり。かの勲位を忌み上院制を否む革命的思想家は、人類の進化程度を過上に評価せる神学者的要求に発足する者なりと見るべし。

注二 勲功に伴う年金が現時のごとき消極的の小額なるは不可なり。すべての光栄はそれを維持すべき物質的条件を欠くべからず。

私有財産の権利

限度以下の私有財産は国家または他の国民の犯すべからざる国民の権利なり。国家は将来ますます国民の大多数をして数十万数万の私有財産を有せしむることを国策の基本とするものなり。

注一 社会主義共産主義を誤解してその私有財産を分与するものなるかのごとく考え、または国民のすべてにその日暮しその年暮しの生活をなさしむるものと考うるがごときは、現実的改造の要求せられつつある現代社会革命説の躍進的進歩を解せざる者なり。したがってこの改造後の国民にしていかなる思想に導かるるにせよ、国民の財産権を狙す者は、人類社会の存する限り存すべき法律の原則によりて、強窃盗として罰せられまたは乞食として待遇せらるるは論なし。

注二 年々多大の収益ありて近く私産限度を超過すべくしかして超過額を国家に納付するを欲せざる目的をもつて、限度以下の時において、白己自身の欲望に従いて消費せんとするはまた国民権利なり。この権利は国家の保障する所有権の行吏にしてその消費が道徳的なると酒色遊蕩なるとを問うの要なし。人はおのおのその人を中心または分子としたる小社会を国家内に有し、ある者は国境を超越したる大社会の中心または分子たり。したがってその消費せるところを収得する者は国家の手を経由せざる国民なり。私産限度制は国家の国民を審せざる程度の富の限度を定むるもののみ。これを誤解して限度超過額の上納を促すものとしまたは国民の独自放胆なる消費を拘束するものと考うべからず。

平等分配の遺産相続制

特定の意志を表示せざる限り、父の遺産はその子女に平等なる分配をもって相続せらる。父の妻たるその母また同じ。

母の遺産は夫たる父においてすべて相続せらるべし。

注一 遺産相続の正義を規定するに見るも、合理的改造案が必ず近代的個人主義の要求を一基調とすることを知るべし。

注二 現代日本にのみ、存する長子相続制は家長的中世期の腐屍のみ。父母の愛の百千分の一に足らざる長子の愛情利害に一切弟妹の運命を盲従せしむるは没人情の極。本然の人情そのものがすべての法律道徳の根源なるを忘るべからず。

注三 遺産相続に際して国家が課税の理由なきことは、相続者則被相続者の肉体的延長なるをもってなり。