巻二 私有財産限度

私有財産限度

日本国民一家の所有し得べき財産限度を壱百万円とす。

海外に財産を有する日本国民また同じ。

この限度を破る目的をもって財産を血族その他に贈与しまたは何らかの手段によりて他に所有せしむるを得ず。

注一 一家とは父妻子女および直系の尊卑族を一括していう。

注二 限度を設けて壱百万円以下の私有財産を認むるは、一切のそれを許なざらんことを終局の目的とする諸種の社会革命説と社会および人性の理解を根本より異にするをもってなり。個人の自由なる活動または享楽はこれをその私有財産に求めざるべからず。貧富を無視したる画一的平等を考くることは誠に杜会万能説に出発するものにして、ある者はこの非難に対抗せんがために個人の名誉的不平等を認むる制度をもってせんというも、こは価値なき別問題なり。人は物質的享楽または物質的活動そのものにつきて画一的なるあたわざればなり。自由の物質的基本を保証す。

注三 外国に財産を有する国民にこの限度の及ぶは法律上当然なり。これを明示したる所以はこの限度より免かるる目的をもってする外国の財産を禁ずるを明らかにしたるもの。フランス革命の時の亡命貴族の例。租界に逃居して財産の安固を計る現時支那官僚富家の例。

注四 杜会主義が私有財産の確立せる近代革命の個人主義民主主義の進化を継承せるものなりとはこのゆえなり。民主的個人をもって組織なれざる社会は奴隷的社会万能の中世時代なり。しかして民主的個人の人格的基礎はすなわちその私有財産なり。私有財産を尊重せざる杜会主義は、いかなる議論を長論大著に構成するにせよ、要するに原始的共産時代の回顧のみ。

私有財産限度超過額の国有

私有財産限度超過額はすべて無償をもつて国家に納付せしむ。

この納付を拒む目的をもって現行法律に保護を求むるを得ず。

もしこれに違反したる者は天皇の範を蔑にし、国家改造の根基を危くするものと認め、戒厳令施行中は天皇に危害を加うる罪および国家に対する内乱の罪を適用してこれを死刑に処す。

注一 経済的組織より見たるとき、現時の国家は統一国家にあらずして経済的戦国時代たり経済的封建制たらんとす。米国のごときは確実に経済的諸侯政治を築き終れるものなり。国家は、かって家の子郎党または武士らの私兵を養いて攻戦討伐せし時代より一現時の統一に至れり。国家はさらにその内容たる経済的統一をなさんがために、経済的私兵を養いて相殺傷しつつある今の経済的封建制を廃止し得べし。

注二 無償をもって徴集する所以は、現時の大資本家大地主らの富はその実社会共同の進歩と共同の生産による富が悪制度のため彼ら少数者に停滞し蓄積せられたるものにかかわるをもってなり。理由の第二は、公債をもってことごとくこれらを賠償する時は、彼らは公債に変形したる依然たる巨富をもって国家の経済的統一を致損し得べきかを有するをもってなり。第三の理由は、国家として不合理なる所有に対して賠償をなすあたわず、実にその資本をして有史未曽有の活用をなすべき切迫せる当面の経綸を有するをもってなり。

注三 違反者に対して死刑をもってせんというは必ずしも希望するところにあらず。またもとより無産階級の復讐的騒乱を是非するにもあらず。実に貴族の土地徴集を決行するに、大西郷が異議を唱うる諸藩あらば一挙討伐すべき準備をなしたる先哲の深慮に学ぶべしとするものなり。二、三十人の死刑を見ば天下ことごとく服せん。

改造後の私有財産超過者

国家改造後の将来、私有財産限度を超過したる富を有する者はその超過額を国家に納付すべし。

国家はこの合理的勤労に対してその納付金を国家に対する献金として受け明らかにその功労を表彰するの道を取るべし。

この納付を避くる目的をもって血族その他に分有せしめまたは贈与するを得ず。

違反者の罰則は、国家の根本法を紊乱する者に対する立法精神において、別に法律をもって定む。

注一 現時の致富と改造後の致富とが致富の原因を異にするを了解すべし。

注二 最少限度の生活基準に立脚せる諸多の杜会改造説に対して、最高限度の活動権域を規定したる根本精神を了解すべし。深甚なる理論あり。

注三 前世紀的社会主義に対する一般かつ有利の非難、すなわち各人平等の分配のために勤勉の動機を喪失すべしというごとき非難をこの私有財産限度制に移し加うるを得ず。第一、私有財産権を確認するがゆえに尠しも平等的共産主義に傾向せず。しかして私有財産に限度ありといえどもいささかも勤勉を傷けず。壱百万円以上の富は国有たるべきがゆえに、工夫は多くの賃銀を要せず商家は広き買客を欲せずと思考する者なし。

注四 私人壱百万円を有せば物質的享楽および活動において至らざる所なし。国民の国家内に生活する限り神聖なる人権の基礎として国家の擁護する所以。数百万数千万数億万の富に何ら立法的制限なきは国家の物質的統制を現代見るごとき無政府状態に放任するもの。国家が国際間に生活する限り国家の至上権において国家の所有に納付せしむる所以。

注五 私産限度超過者が法律を遵守せずして不可行に終るべしと狐疑するなかれ。刑法を遵守せずして放火殺人をあえてする者あるがゆえに刑法は空想なりという者なし。国憲を紊乱する者に課罰する別個重大精密なる法律を制定する所以なり。

在郷軍人団会議

天皇は戒厳令施行中、在郷軍人団をもつて改造内閣に直属したる機関とし、もって国家改造中の秩序を維持すると共に、各地方の私有財産限度超過者を調査し、その徴集に当らしむ。

在郷軍人団は在郷軍人の平等普通の互選による在郷軍人団会議を閉きてこの調査徴集に当る常設機関となす。

注一 在郷軍人はかって兵役に服したる点において国民たる義務を最も多大に果したるのみならずその間の愛国的常識は国民の完全なる中堅たり得べし。かつその大多数は農民と労働者なるがゆえに、同時に国家の健全なる労働階級なり。しかしてすでに一糸紊れざる組織あるがゆえに、改造の断行において露独に見るごとき騒乱なく真に日本のみもっぱらにすべき天佑なり。

注二 ロシアの労兵会およびそれに倣いたるドイツその他の労兵会に比するとき在郷軍人団のいかに合理的なるかを見るべし。在郷軍人団は兵卒の素質を有する労働者なる点において、労兵会の最も組織立てるものとも見らるべし。

注三 現役兵をもって現在労働しつつあるものと結合して、同族相屠ふる彼らは悲しむべき不幸なり。かつ日本の軍隊は外敵に備うるものにして白己の国民の弾圧に用うべきにあらず。

注四 国民の資産納税等に関与する各官庁を用いざる所以はそれらと大富豪との納托はすでに脱税等に見るごとく事々国家を欺きて止まざればなり。第二の理由はこの改造が官僚の力による改造にあらずして国民みずからが国民のためにする改造なる根本精神に基づく重大なる眼目。

注五 もとより在郷軍人団がその調査と徴集に一の過誤失当なきを期するために必要なる官庁をして必要に応じて協力補佐せしむるは論なし。しかしてまたもとより在郷軍人団会議は各種の労働団体によりて協力補佐せらるるは論なし。

注六 現在の在郷軍人会そのものにあらず。平等普通の互選と明示せるを見よ。