『国家改造案原理大綱『日本改造法案大綱


巻一 国民の天皇

憲法停止

天皇は全日本国民と共に国家改造の根基を定めそがために天皇大権の発動にょりて三年間憲法を停止し両院を解散し全国に戒厳令を布く。

注一 権力が非常の場合有害なる言論または投票を無視し得るは論なし。いかなる憲法をも議会をも絶対視するは英米の教権的「デモクラシー」の直訳なり。これ「デモクラシー」の本面目を蔽う保守頑迷の者、その笑うべき程度において日本の国体を説明するに高天ヶ原的論法をもってする者あると同じ。海軍拡張案の討議において東郷大将の一票が醜悪代議士の三票より価値なく、社会政策の採決において「カルル・マルクス」の一票が大倉喜八郎の七票より不義なりというあたわず。由来投票政治は数に絶対の価値を附して質がそれ以上に価値を認めらるべきものなるを無視したる旧時代の制度を伝統的に維持せるに過ぎず。

注二 「クーデター」を保守専制のための権力濫用と速断する者は歴史を無視する者なり。「ナポレオン」が保守的分子と妥協せざりし純革命的時代において「クーデター」は議会と新聞の大多数が王朝政治を復活せそとする分子に満ちたるをもつて革命遂行の唯一道程として行ないたるもの。また現時露国革命において「レニン」が機関銃を向けて妨害的勢力の充満する議会を解散したる事例に見るも「クーデター」を保守的権力者の所為と考うるははなはだしき俗見なり。

注三 「クーデター」は国家権力すなわち社会意志の直接的発動と見るべし。その進歩的なるものにつきて見るも国民の団集そのものに現わるることあり。日本の改造においては必ず国民の団集と元首との合体による権力発動たらざるべからず。

注四 両院を解散するの必要はそれによる貴族と富豪階級がこの改造決行において、天皇および国民と両立せざるをもつてなり。憲法を停止するの必要は彼らがその保護をまさに一掃せんとする現行法律に求むるをもってなり。戒厳令を布く必要は彼らの反抗的行動を弾圧するに最も拘束なれざる国家の自由を要するをもってなり。しかして無智半解の革命論を直訳してこの改造を妨ぐる言動をなす者の弾圧をも含む。

天皇の原義

天皇は国氏の総代表たり、国家の根柱たるの原理主義を明らかにす。

この理義を明らかにせんがために神武国祖の創業、明治大帝の革命にのっとりて宮中の一新を図り、現時の枢密顧問官その他の官吏を罷免しもって天皇を補佐し得べき器を広く天下に求む。

天皇を補佐すべき顧問を設く。顧問院議員は天皇に任命せられその人員を五十名とす。

顧問院議員は内閣会議の決議および議会の不信任決議に対して天皇に辞表を捧呈すべし。ただし内閣および議会に対して責任を負うものにあらず。

注一 日本の国体は三段の進化をなるをもって天皇の意義また三段の進化をなせり。第一期は藤原氏より平氏の過度期に至る専制君主国時代なり。この間理論上天皇はすべての土地と人民とを私有財産として所有し生殺与奪の権を有したり。第二期は源氏より徳川氏に至るまでの貴族国時代なり。この間は各地の群雄または諸侯がおのおのその範囲において土地と人氏とを私有しその上に君臨したる幾多の小国家小君主として交戦し聯盟したるものなり。したがって天皇は第一期の意義に代うるに、これら小君主の盟主たる幕府に光栄を加冠するローマ法王として、国民信仰の伝統的中心としての意義をもってしたり。この進化は欧州中世史の諸侯国神聖皇帝ローマ法王と符節を合するごとし。第三期は武士と人氏との人格的覚醒によりおのおのその君主たる将軍または諸侯の私有より解放されんとしたる維新革命に始まれる民主国時代なり。この時よりの天皇は純然たる政治的中心の意義を有し、この国民運動の指揮者たりし以来現代民主国の総代表として国家を代表する者なり。すなわち維新革命以来の日本は天皇を政治的中心としたる近代的民主国なり。何ぞ我に乏しきものなるかのごとくかの「デモクラシー」の直訳輸入の要あらんや。この歴史と現代とを理解せざる頑迷国体論者と欧米崇拝者との争闘は実に非常なる不祥を天皇と国民との間に爆発せしむるものなり。両者の救うべからざる迷妄を戒しむ。

注二 国民の総代者が投票当選者たる制度の国家がある特異なる一人たる制度の国より優越なりと考うる「デモクラシー」は全く科学的根拠なし。国家はおのおのその国民精神と建国歴史を異にす。民国八年までの支那が前者たる理由によりて後者たるベルギーより合理的なりと言うあたわず。米人の「デモクラシー」とは社会は個人の自由意志による自由契約に成るといいし当時の幼稚極まる時代思想によりて、各欧州本国より離脱したる個々人が村落的結合をなして国を建てたるものなり。その投票神権説は当時の帝王神権説を反対方面より表現したる低能哲学なり。日本はかかる建国にもあらず、またかかる低能哲学に支配されたる時代もなし。国家の元首が売名的多弁を弄し下級俳優のごとき身振を晒して当選を争う制度は、沈黙は金なりを信条とし謙遜の美徳を教養せられる日本民族にとりては一に奇異なる風俗として傍観すれば足る。

注三 現代宮中は中世的弊習を復活したる上に欧州の皇室に残存せる別個のそれらを加えて、実に国祖建国の精神たる平等の国民の上の総司令者を遠ざかることはなはだし。明治大帝の革命はこの精神を再現して近代化せるもの。したがって同時に官中の廓清を決行したり。これを再びする必要は国家組織を根本的に改造する時ひとり宮中の建築をのみ傾柱壊壁のままに委するあたわざればなり。

注四 顧問院議員が内閣または議会の決議によりて弾劾せらるる制度の必要は、天皇の補佐を任とする理由によりて専恣を働く者多き現状に鑑みてなり。枢密院諸氏の頑迷と専恣とは革命前の露国宮廷と大差なし。天皇を累するものはすべてこの徒なり。

華族制廃止

華族制を廃止し、天皇と国民とを阻隔し来れる藩屏を撤去して明治維新を明らかにす。

貴族院を廃止して審議院を置き衆議院の決議を審議せしむ。

審議院は一回を限りとして衆議院の決議を拒否するを得。

審議院議員は各種の勲功者間の互選および勅選による。

注一 貴族政治を覆滅したる維新革命は徹底的に遂行せられて貴族の領地をも解決したること、当時の一仏国を例外としたる欧州の各国が依然中世的領土を処分するあたわざりしよりも百歩を進めたるものなりき。しかるに大西郷ら革命精神の体現者世を去ると共に単に附随的に行動したる伊藤博文らは、進みたる我を解せずして後れたる彼らの貴族的中世的特権の残存せるものを模倣して輸入したり。華族制を廃止するは欧州の直訳制度を棄てて維新革命の本来に返えるもの。我の短所なりと考えて新なる長を学ぶものと速断すべからず。すでに彼らのあるものより進みたる民主国なり。

注二 二院制の一院制より過誤少なき所以は輿論がはなはだ多くの場合において感情的雷同的瞬間的なるをもってなり。上院が中世的遺物をもってせず各方面の勲功者をもって組織せらるるゆえん。

普通選挙

二十五歳以上の男子は大日本国民たる権利において平等普通に衆議院議員の被選挙権および選挙権を有す。

地方自治会またこれに同じ。

女子は参政権を有せず。

注一 納税資格が選挙権の有無を決せる各国の制度は、議会の濫觴が皇室の徴税に対してその費途を監視せんとしたる英国に発すといえども、日本国自身の原則としては国民たる権利の上に立てざるべからず。すなわちいかなる国民も間接税の負担者ならざるはなしという納税資格の拡張せられたる普通選挙の義にあらず。徴兵が「国民の義務」なりという意義において選挙は「国民の権利」なり。

注二 国家を防護する国民の義務は国政を共治する国民の権利と一個不可分のものなり。日本国民たる人権の本質において、ローマの奴隷のごとく、また昇殿をも許されざる王朝時代の犬馬のごとく、純乎たる被治者としてある治者階級の命令の下にその生死を委すべき理なし。この権利とこの義務とは一切の条件によりて干犯さるることを許なず。したがって、たとい国外出征中の現役将卒といえども何らの制限なく投票しかつ投票せらるべし。

注三 女子の参政権を有せずと明示せる所以は日本現存の女子が覚醒に至らずという意味にあらず。欧州の中世史における騎士が婦人を崇拝しその眷顧を全うするを士の礼とせるに反し、日本中世史の武士は婦人の人格を彼と同一程度に尊重しつつ婦人の側より男子を崇拝し男子の眷顧を全うするを婦道とする礼に発達し来れり。この全然正反対なる発達は杜会生活のすべてにかける分科的発達となりて近代史に連なり、彼において婦人参政運動となれるもの我において良妻賢母主義となれり。政治は人生の活動における一小部分なり。国民の母国民の妻たる権利を擁護し得る制度の改造をなさば日本の婦人問題のすべては解決せらる。婦人を口舌の闘争に慣習せしむるはその天性を残賊することこれを戦場に用うるよりもはなはだし。欧米婦人の愚昧なる多弁、支那婦人間の強好なる口論を見たる者は日本婦人の正道に発達しつつあるに感謝せん。善き傾向に発達したるものは悪しき発達のものをして学ばしむる所あるべし。このゆえに現代をもって東西文明の融合時代という。直訳の醜はとくに婦人参政権間題に見る。(国民の生活権利参照)

国民自由の恢復

従来国民の自由を拘束して憲法の精神を毀損せる諸法律を廃止す。文官任用令。治安警察法。新聞紙条例。出版法等。

注 周知の道理。ただ各種閥族等の維持に努むるのみ。

国家改造内閣

戒厳令施行中現時の各省の外に下掲の生産的各省を設け、さらに無任所大臣数名を置きて改造内閣を組織す。

改造内閣員は従来の軍閥、吏閥、財閥、党閥の人々を斥けて全国より広く偉器を選びてこの任に当らしむ。

注 徳川の君臣をもって維新革命をなすあたわざる同一理由。ただし革命は必ずしも流血の多少によりて価値を決するものにあらず。あたかも外科手術において流血の多量おる理由をもって少量なる者を不徹底なりというあたわざるがごとし。要は手術者の力量と手術せらるべき患者の体質如何にあり。現時の日本は充実強健なる壮者なり、ロシア・支那のごときは全身腐肉朽骨の老廃患者なり。古今を達観し東西に卓出せる手術者のあらば日本の改造のごとき談笑の間に成るべし。

国家改造議会

戒厳令施行中普通選挙による国家改造議会を召集し改造を協議せしむ。

国家改造議会は天皇の宣布したる国家改造の根本方針を討論することを得ず。

注一 これ国民が本隊にして天皇が号令者なる所以。権力濫用の「クーデター」にあらずして国民と共に国家の意志を発動する所以。

注二 これ法理論にあらずして事実論なり。露独の皇帝もかかる権限を有すべしという学究談論にあらずして、日本天皇陛下にのみ期待する国民の神格的信任なり。

注三 現時の資本万能官僚専制の問に普通選挙のみを行なうも選出なるる議員の多数または少数は改造に反対する者および反対する者より選挙費を得たる当選者なるをもってなり。ただし戒厳令中の議員選挙たり議会開会なるをもって有害なる侯補者または議員の権利を停止すべきを得るは論なし。

注四 かかる神格者を天皇としたることのみによりて維薪革命は仏国革命よりも悲惨と動乱なくしてしかも徹底的に成就したり。再びかかる神格的天皇によりて日本の国家改造はロシア革命の虐殺兵乱なく、ドイツ革命の痴鈍なる徐行を経過せずして整然たる秩序の下に貫徹すべし。

皇室財産の国家下附

天皇はみずから範を示して皇室所有の土地山林株券等を国家に下附す。

皇室費を年約三千万円とし、国庫より支出せしむ。

ただし、時勢の必要に応じ議会の協賛を経て増額することを得。

注 現時の皇室財産は徳川氏のそれを継承せることに始まりて、天皇の原義に照すもかかる中世的財政をとるは矛眉なり。国民の天皇はその経済またことごとく国家の負担たるは自明の理なり。