北一輝「日本改造法案大綱」


日本改造法案大綱目次


緒 言


巻一 国民の天皇

憲法停止-天皇の原義-華族制廃止-普通選挙-国民自由の恢復-国家改造内閣-国家改造議会-皇室財産の国家下附

巻二 私有財産隈度

私有財産限度-私有財産限度超過額の国有-改造後の私有財産超過者-在郷軍人団会議

巻三 土地処分三則

私有地限度-私有地限度を超過せる土地の国納-土地徴集機関-将来の私有地限度超過者-徴集地の民有制-都市の土地市有制-国有地たるべき土地

巻四 大資本の国家統一

私人生産業限度-私人生産業限度を超過せる生産業の国有-資本徴集機関-改造後私人生産業限度を超過せる者-国家の生産的組織-その一銀行省-その二航海省-その三鉱業省-その四農業省-その五工業省-その六商業省-その七鉄道省-莫大なる国庫収入

巻五 労働者の権利

労働省の任務-労働賃銀-労働時間-労働者の利益配当-労働的株主制の立法-借地農業者の擁護-幼年労働の禁止-婦人労働

巻六 国民の生活権利

児童の権利-国家扶養の義務-国民教育の権利-婦人人権の擁護-国氏人権の擁護-勲功者の権利-私有財産の権利-平等分配の遺産相続制

巻七 朝鮮その他現在および将来の領土の改造方針

朝鮮の郡県制-朝鮮人の参政権-三原則の拡張-現在領土の改造順序-改造組織の全部施行せらるべき新領土

巻八 国家の権利

徴兵制の維持-開戦の積極的権利


結 言



緒 言

今や大日本帝国は内憂外患ならび到らんとする有史未曽有の国難に臨めり。国民の大多数が生活の不安に襲われて一に欧州諸国破壊の跡を学ばんとし、政権軍権財権を私せる者はただ竜袖に陰れて惶々その不義を維持せんとす。しかして外、英米独露ことごとく信を傷づけざるものなく、日露戦争をもってようやく保全を与えたる隣都支那すら酬ゆるにかえって排侮をもってす。真に東海粟島の孤立。一歩を誤らば宗祖の建国を一空せしめ危機誠に幕末維新の内憂外患を再現し来れり。

ただ天佑六千万同胞の上に柄たり。日本国民はすべからく国家存立の大義と国民平等の人権とに深甚なる理解を把握し、内外思想の清濁を判別採捨するに一点の過誤なかるべし。欧州諸国の大戦は天その驕侈乱倫を罰するに「ノア」の洪水をもってしたるもの。大破壊の後に狂乱狼狽する者に完備せる建築図を求むべからざるはもちろんのこと。これと相反して、わが日本は彼において破壊の五ヵ年を充実の五ヵ年として恵まれたり。彼は再建をいうべく我は改造に進むべし。全日本国民は心を冷やかにして天の賞罰かくのごとく異なる所以の根本より考察して、いかに大日本帝国を改造すべきかの大本を確立し、挙国一人の非議なき国論を定め、全日本国民の大同団結をもってついに天皇大権の発動を奏請し、天皇を奉じて速かに国家改造の根基を完うせざるべからず。

支那インド七億の同胞は実にわが扶導擁護を外にして自立の途なし。わが日本また五十年間に二倍せし人口増加率によりて百年後少なくも二億五千万人を養うべき大領土を余儀なくせらる。国家の百年は一人の百日に等し。この余儀なき明日を憂いかの悽惨たる隣邦を悲しむ者、如何ぞ直訳社会主義者の巾幗的平和論に安んずるを得べき。階級闘争による社会進化はあえてこれを否まず。しかし人類歴史ありて以来の民族競争国家競争に眼を蔽いて何のいわゆる科学的ぞ。欧米革命論の権威等ことごとくその浅薄皮相の哲学に立脚してついに「剣の福音」を悟得するあたわざる時、高遠なるアジア文明のギリシアは率先それみずからの精神に築かれたる国家改造を終ると共に、アジア聯盟の義旗を翻して真個到来すべき世界聯邦の牛耳を把り、もって四海同胞みなこれ仏子の天道を宣布して東西にその範を垂るべし。国家の武装を忌む者のごときの智見ついに幼童の類のみ。