報告・原発事故避難問題から見える福島の現状① | 国連・憲法問題研究会ブログ

報告・原発事故避難問題から見える福島の現状①

国連・憲法問題研究会講演会
原発事故避難問題から見える福島の現状


5月28日、講演会「原発事故避難問題から見える福島の現状」を行いました。
講師は阪上武さん(福島老朽原発を考える会代表)。


講演の前半は子ども20ミリシーベルト基準の問題について。
阪上さんは「3・11の後は、福島に線量を送る運動を始めた。
市民が自主的に測定すると、福島市の学校の一番高い側溝が毎時108マイクロシーベルト。
現在の除染の基準が1マイクロや0.4マイクロだから、相当高い。


それで県教育委員会へ測定値を示して要請書を出し、休校を続けるように要望した。

学校再開に当たっての県側の測定で、毎時0.6マイクロシーベルト以上が福島の学校の75%だった。これで中通りの汚染状況がひどいことが判る。これは放射線管理区域に匹敵する。本来なら、放射のマークをつけて立ち入り禁止。


4月17日に休校、除染、集団疎開を求める要請書を出した。

4月19日文科省は学校の暫定基準として年間20ミリシーベルトを通達。一般人の年間被爆限度は1ミリシーベルト。原発労働者の線量基準が20ミリ。
労働者の白血病の認定基準や放射線管理区域の基準、一昔前の公衆の被爆限度が5ミリシーベルなので、20ミリシーベルトの基準にはびっくりした。


その時期、山下某が県内各地を講演して「ヨウ素剤の配布・服用は不要、毎時20マイクロでも健康影響はない。普通に暮らして大丈夫」と言っていた。


当時、市民運動の人が会場に行って山下を詰問すると、会場全体が山下をかばう雰囲気。
大丈夫だ、安心ですと言ってほしいという雰囲気があった。山下は、100ミリまで安全という立場の長瀧重信、重松逸造の弟子筋に当たる。

小佐古敏荘辞任(4月29日)もあって、20ミリシーベルト基準の問題が意識される。

その時期、私たちのブログへのコメントという形で、主に中通りから書き込みが殺到した。
ともかく話し合おうと福島市で3回集まってグループ討議をした。


5月23日、福島の人たちをはじめ650人が文部省前に集まり、20ミリ基準の撤回を求めた。

4日後、高木文科相は、年間1ミリシーベルトをめざすと事実上撤回した。


その後、解った政府側の動きでは、福島県が放射能の安全基準を示すように文科省に求めたのに対して、文科相は原子力安全委員会に見解を求めた。やり取りがあった末、文科省が20ミリ基準を通達した。

20ミリ未満については何の制限もない。
20ミリ基準決定の根拠も不鮮明。

高木文科相や鈴木副大臣はICRPの20~100ミリシーベルトの緊急基準の20ミリをとったとしている。
ICRP基準には問題があるが、それから見て問題。


しかし、文科省の20ミリシーベルト(毎時3.8マイクロシーベルト)の基準が出されると学校はそれを安全基準と受け止め、学校独自の校庭使用制限、部活制限が解除される。
1ミリシーベルトに近づける努力に逆行する。


そもそも文部科学省は文部省と科学技術庁を統合したもの。旧科学技術庁はもんじゅ、ふげんを進めていた。

科学技術庁時代は推進部門と規制部門が庁内にあったが、規制部門は保安院に移って、推進部門だけ文科省に残った。
文科省が20ミリというゆるい基準を決めた背景には、文科省の中に科学技術政策局があると言う問題がある。


子どもにガラスバッチをつけさせているが、市はそれ以上何もしていない。
ガラスバッチをつけた子どもの年間被ばく線量が最高で2ミリシーベルト、平均が0.何ミリと解ったら、調査を打ち切り、低減措置もとっていない。給食の問題もある。」



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