先日主人と行った京都の話の続きです



以前から「京都京都って、ただのミーハーが言うことだよ」


多数を良しとしない反逆児魂をもつ主人は


行ったこともない京都を全否定しておりました




しかし


高級店(和食)を独立して開店する以上


センス、風情、おもてなしという


京都の質の良い文化を知る必要が絶対的にある、と


半ば強制的に連れて行ったのです





先斗町、祇園、嵐山、嵯峨野・・・・・


あれだけ馬鹿にしていたにもかかわらず


「わあ~、すごいすごい」と京都を大絶賛していたのでした





京都に来たからには


嵐山の吉兆で食事でもしよう、ということになったのですが


一人価格ランチ3万~、ディナー5万~と知ったとたん


一本150円の団子を私に何本も食べさせた上


割り箸に丸ごと一本ぶっ刺した


漬物のきゅうりを私にあてがい


水分で腹を拡張させそのまま帰らせようという


セコイ作戦を体当たりで実行するのでした





また、吉兆の前を通るときには


空や山を指差し


吉兆が私の視界に入らぬよう懸命に努力していた








でも


主人は口癖のようにいつも言っていることがあります


「料理人たるもの、全給料を食に使っても惜しくはない」





しかし


主人の給料の8割は


風俗で泡となって消えていった




しかも


一ミリの後悔もない様子


風俗のお金を貯金していたら


マンションは確実に買えていたのに







彼が「ヤバイ、ヤバイ」と言いながら


トイレから真っ青な顔して帰ってきました



「ヤバイよ、どうしよう、ホントにヤバイ」


「どうしたのよ?!」私も心配です



「オレの頭、相当薄い、やばいよ」


今さらながら


明るいトイレの鏡で己のハゲっぷりを再確認したらしい




私は


「うん、知ってる」


と心強いコメントを返してあげたのでした






その後も


日が暮れかけた午後に嵐山でボートに乗り



あまりにも景観が美しいので


何枚も写真を撮ったのですが



景色だけを撮りたかったのに

懸命にボートを漕ぐ主人がどうしても写りこんでしまい


(というより、主人の写真を一枚も撮らないと

機嫌が悪くなるので、仕方無しに隅っこに写してあげた)


自分が写ったデジカメの画像をみて主人が今度は怒り出した



「この太陽光の位置じゃ、俺の頭がますます薄く見えるだろ!ヘタクソ!」


なんて理不尽な暴言



でも


ボート以外のシチュエーションのどの写真を見ても


確実に


そしてすべての写真同様


夫の頭はひからびていた




私は思ったね



そんな薄い頭のクセに


何で


写真撮らせるのかってね








しかも


ボートで激しく揺れているときに撮った写真は


主人がブレて写っており


まるで妖怪の子泣きジジイのようで


心霊写真より恐ろしかった






京都人は利害関係で動くという固定観念を


払拭できなかった私ですが



道を聞いたら親切に笑顔でおしえてくれたり




バスに乗ったら


ヒョウ柄の服にヒョウ柄のカートを引っ張った


普段はネギを背中に差して自転車に乗っていそうな


大阪代表風のおばさんが


やたら話しかけてきて


親切に


京都のいろいろな事を教えてくれたり



今回の京都は本当に楽しかったな








旅行を終えて痛感したことがある


普段


ハゲてることを


一ミリも気にしていないような振る舞いで日々過ごす人も


やっぱり


心の奥底では


その頭の薄さにため息をついている、ということ




かわいそうだから


夏には薄毛の人をこうほめて慰めてあげよう


「こんな暑い日には、頭に風がとおって涼しくていいね」


・・・・ってね。



ではごきげんよう










3泊4日で主人と京都に行ってきました





京都は何度も行った事があり、大好きなのですが


行くたび残念に思うことがあるのでした





というのも


毎回駅前の伊勢丹で土産を買うのですが


試食までは店員さんはビッカビカの笑顔を送ってくれても


こちらが買わないと悟ると


上がっていた口角が急に下がり


くるりと背を向け自分の作業をはじめる人が多いのです





京都人は言っている事と腹の中は全く違う、とはよく言われます





先日東京のお坊さんと話したのですが


京都のお寺さんに行って


先方に「お茶でも上がってゆっくりしてって」と言われ


言う通りにしようものなら、礼儀しらずと何を言われるかわからないので


用がない限り絶対に長居しないのはもちろんのこと


家に上がることもしないと言っていました





京都では


庭先にほうきが逆さにしておいてあったり



「お茶漬けでも食べてって」


「ご飯でも食べてって」


「上がってお茶でも」


というのは<早く帰れ>の隠語だったり




ご近所さんで鍋をかりて


空っぽのまま返したら


何を言いふらされるかわからないとか


(返すときは鍋に料理を入れて返す・またはお礼の品を渡す)






・・・・・・・・などなど


今の時代ではまだそれらの慣習がまかり通っているかは定かではありませんが


要は京都の人は直接的な物言いを避けることを


美的文化とする県民性ということがわかります







・・・・で、私たちは


京都の町をさまよい歩くのですが





私は腹が減ると思考能力が著しく下がり


極端に口数が減り


目はうつろになり


千鳥足になるという、まるで麻薬中毒患者のような症状になります





目的地に向かっている中、私がそんな風になると


方向音痴かつ優柔不断な主人は


地図をぐるぐる回して(回した所でまるっきり分かっていない)


結局方角がわからず


「これが一番」と携帯のナビに頼る始末





でも


ナビでも迷い


とんでもないところに行ってしまう




私はといえば


腹が減って声をだす気力もなく


口パクで主人をののしるため


私の不満が伝わらず


相変わらず迷い続ける





何か口に入れて元気になって


再び


二人で目的地に向かうが


私も方向音痴なので


有名な観光地が目的地の場合は


団体さんの後ろについていく


だいたい間違いない







でも


中国人の団体についていったら


到着場所が


便所だったっけ






京都はとにかく


観光する中国人が多い






中国は本当にバブリーなんだと実感する





顔は日本人に似ていても


すぐにマナーでわかります





まず


道を占拠する




通行人が来てもよけることをしない




バスの中だろうとものを食べるのですが


くちゃくちゃと音をたてて食べる





それから

ギャアギャアとにかくうるさい




公のマナーに非常にうるさい主人は


何度も注意しようとして


私に止められていました






八坂神社のトイレは紙がありません


私は持参のティッシュがあったので良かったのですが


先に入っていた中国人2人が


用を足し終えてから


紙がないことに気づいた様子






「〇☆$$■■◎!!!!!!!!!!!ヽ(`Д´)ノ 」



「☆〇☆$$■■◎!!!!!!!!!!!(*`∧´)」



何を言っているのかわからないが


紙がないことに


怒りまくっている様子(用足す前に気づくだろ)




便所の中から大声で怒号が飛び交う


トイレの時間の長さから2人とも


大きいほうをしたようだ






でも私はそれより





どうして


何を食べたら


そんな臭いう○ちができるのか





そのほうが気になった





扉から出てきた中国人


トイレの入り口にティッシュが売っているのをみて


さらに怒りだす




でも



買わずに


怒りながら遠くへ行ってしまった





大便をして


拭かなくても気にならない中国人



なかなかワイルド



ではまた明日








今、主人は仕事の関係で家にいます




狭いワンルームに主人が実家から持ってきた


大きなテレビがあり


テレビが好きな主人は一日中つけっぱなし




私はテレビを置かなかったくらいテレビをみないので


テレビの音がなんとうるさいことやら



それに加えて、


どこに行くにも人の後をアヒルのようにくっついてくる主人




一人の時間を謳歌できる私は



時に



アフリカあたりへ逃げ出したくなる



でも



居場所がわかったらきっと



主人はアフリカまで追ってくるだろう







一人の時間が好きな私


一人ではいられない主人






昨日、主人が「人生で一番うまいと思った中華や」に食べに行った



しかし


私は









そうでもなかった








リアクションに困り


おいしいとは言ってみたものの



食い意地の張った私が明らかに遅いペースで食べているのをみて


不機嫌になる主人




味覚の不一致




つわりがひどい私は、料理が作れず今のところ



二人でほぼ毎日外食





しかし



この味覚の不一致



私が作る料理をおいしいとおもうのだろうか




結婚って大変と思う今日この頃



でも



つくづく思うことがある





人は


<好きなものが一緒>より



<嫌いなものが一緒>の方がうまくいく




人生という大局での信条において



私たちが嫌悪するものは<嘘>


そして大事なものは<良心>




この嫌いな事のみならず、大切にしていることも合致しているから、まあいいかな




いまから京都に4日間旅行に行きます



京都が初めての主人は


またいつものように


私の後ろを影のようにくっついてくるだろう




巻いてやろうかな フフフ