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2016年11月末
親父と母ちゃんがニュージーランドに来た。
オレにニュージーランド人の彼女ができて、オレはニュージーランドに彼女に会いに来た。
彼女の名前はアマンダ(仮名)だ。

そのついでと言っちゃなんだが、オレがニュージーランドに来てから数週間後にオレの両親がニュージーランドに遊びに来てくれたのだ。

それもオレの親父の人生初めての海外。
オレの親父は最近、40年近くしていた仕事を退職したのだ。
以前から退職していた母ちゃんと親父の2人して時間がたっぷりできたのだ。

息子のオレがこう言っちゃなんだが、母ちゃんの話しによると親父は65歳になって、仕事一筋で生きてきた人生がいきなり自由なったから、どこか自分自身を、また生き方を見失った感じがあったそうだ。

そんな状況での親父と母ちゃんとオレ、アマンダとでのニュージーランドの生活。

ちなみに親父はオレが今よりぜんぜん若い時から「人生で一度でもいいから飛行機に乗りたい」と言っていたのがオレには強く記憶に残っていたのだ。

それがとうとう現実になる時がきたのだ。

オレとアマンダはオレの両親が到着する当日、飛行場に迎えにいった。

オレは親父と母ちゃんにオレが住ませてもらっていた北島の東側にあるギズボーンって町まで来てもらうことにした。
オレの両親は日本からオークランド、オークランドからギズボーンと2人の人生初めてのニュージーランドに飛行機を乗り継いで来てもらうことにした。
親父の夢にも見た飛行機をいきなり乗り継いでもらうことになった。

オレとアマンダはオレの両親を飛行場で待った。
ギズボーンの飛行場は小さい。
オークランドからギズボーンに来る飛行機もプロペラ付きの小さな飛行機なのだ。
だから2人が飛行機から降りてくるのをガラス越しに見ることができたのだ。

オレとアマンダは2人が飛行機から降りてきたのに興奮して笑っちゃうくらいだった。
両親はオレたちを見つけ手を嬉しそうに振っていた。

そしてオレの親父。
目をキラッキラさせながら飛行場の中に入ってきて、「飛行機すげーなー」と子供みたいに興奮して飛行機の中から見た日の出や雲海、ジェット機の羽のことなどをずっとオレ達に話していた。

オレ達はそれを見て笑いが止まらなかった。

それからの一週間、オレ達はギズボーン周辺でゆっくりしながら遊びまくった。
特にオレの親父が楽しんだのはレレロックスライドだ。

自然の大きい川の滑り台だ。
オレ達はそこにボディーボードをもっていって滑りまくった。

親父はそこにいった途端、「やりてー」と即座に言っていた。
もちろんオレ達はそうくると思って親父用のウェットスーツも持ってきていたのだ。
それもオレやアマンダより先に一番のりで滑っていった。

そこにはオレ達の他にもそのロックスライドを楽しみにきていた人達で賑わっていた。
ボディーボードでロックスライドを滑りぬける65歳の親父。
オレは正直びっくりした。
親父、めちゃくちゃうまい。
それもスピードめちゃくちゃ早い。
ロックスライドの最後の池に水を切るかのようにパパンッと軽やかにランディング。
それを見ていた周りのギャラリーが「ヒューヒュー」と湧いていた。

池から上がってきた親父は「おもしれー」とこれでもかってくらいイキイキした顔をしていた。 (ロックスライドを滑る親父) オレとアマンダもロックスライドに挑戦。 めちゃくちゃおもしろい。 最後の池のランディングめちゃくちゃ爽快。 水切り石みたいに水上を跳ねるのだ。 サーフィンみたいにボディーボードに立っても挑戦した。 レールのコントロールは効かないが結構うまくいって、スピード感もめちゃくちゃあって最高に気持ち良かった。 ちなみにオレは4〜5年前にもギズボーンに住んでいたことがある。 その当時はワーキングホリデーで来ていて、ギズボーンで仕事をしていた。 それもお金があんまりなかったこともあり、車の中に寝泊まりしながらサーフィンと仕事をする生活をしていたのだ。 そんなこともオレは両親に説明しながら、ギズボーン周辺で充実した生活を過ごすことができた。 それにオレの当時住んでいた時からの友達も紹介することができた。 マオリの人で、その友達と一緒に夕飯も食べることができた。 ギズボーンにはマオリの人達がたくさん住んでいて、トイホウクラというマオリのモダン芸術を展示している博物館などがあったりする。 オレの親父も母ちゃんもマオリの文化に大きく興味を示していた。 ちなみにマオリとはニュージーランドに白人の人達がくる前から元々住んでいた先住民の人達のことだ。 マオリの人達のご先祖様は昔々に何処かの島からワカアマと呼ばれるカヌーを使って、ニュージーランドに渡って来たとされている。 おそらく凄まじく壮絶な船旅だったんだと想像される。 また、ターモコと呼ばれる出身地やその人の歴史を現す証明のタトゥーを顔や身体に入れ、日本の昔の文化と同様に自然万物に神が宿るという自然崇拝の考えが元々ある。 マオリ語と呼ばれる独自の言葉もあり、今でもラジオやテレビでマオリの人達の文化や音楽などを伝えるマオリチャンネルがある。 マオリ語のアルファベットの発音は『aあ』『iい』『uう』『eえ』『oお』と日本語のローマ字読みと一緒で、個人的にとても浸しみやすい。 それに日本のアイヌの人達と似ているところがいっぱいある。 伝統的な住居や伝統的なマークなどだ。 今のマオリの人達は民族的な生活をしている人はほとんどいないが、マライと呼ばれるマオリの人達の特別なコミュニティーの場所や、またハンギと呼ばれる堀で火を焚いた後に葉っぱでかぶせた肉や野菜を地中に埋めて料理する食べ物など様々な伝統的な文化は今でもなお残っている。 オレは自然が大好きだから、そんなマオリの人達の伝統的な文化に大きく興味がある。 ちなみに夕飯を共にしたオレの友達はそんなマオリの血ひく人だ。 (マオリの友達と友達の娘) (マオリの伝統と歴史の一部) オレの両親はニュージーランドに3週間程くることになっていた。 残りの2週間はキャンパーバンを借りて、オレの両親とアマンダとオレでニュージーランドの南島から北島まで旅をすることを計画していたのだ。 ただし、キャンパーバンは普通にレンタルすると高い。 一週間で多分2000ドル位する。 だからオレ達はある方法でキャンパーバンを借りた。 それも二週間でレンタル料金の合計が600ドル位だった。 この方法を使うと断然安くキャンパーバンやレンタカーを借りることができる。 ただし時間の制約がかかってくるのと運が必要。 オレ達は運がめちゃくちゃ良かった。 この方法はアマンダが教えてくれた。 「リロケーション」といってキャンパーバンやレンタカー会社がある町からある町まで車を運んで欲しい時に格安で車を貸してくれるのだ。 この他にもフェリー代(レンタカー会社が払ってくれる車両代金を除く搭乗者料金)や燃料代がかかってくるが、それは普通にキャンパーバンをレンタルしてもその費用はかかってくる。 ちなみにオレ達はそれを二回活用した。 一回目はクイーンズタウンからクライストチャーチまでを6日間。 二回目はクライストチャーチからオークランドまでのを7日間だ。 ただし、クライストチャーチからオークランドまでのキャンパーバンは数日間を延長料金を払って延ばした日数だ。 それでも普通にキャンパーバンをレンタルするより断然安いし、オレ達の場合二台とも違う種類のキャンパーバンだったから個々の違った感じを味わえて良かった。 ちなみにオレもアマンダも、もちろんオレの両親もみんな初めてのキャンパーバンの旅だったからめちゃくちゃ興奮した。 オレ達4人はギズボーンから飛行機でクイーンズタウンまで行った。 その時の壮大な美しい景色にオレ達4人はおもいきり興奮した。 多分一番オレが興奮していた。 目を引く素晴らしい景色だった。 クイーンズタウンについた初日、オレ達はパブに行ってみんなで旅の始まりを祝いビールを飲んだ。 みんなで飲んだあの一杯は格別にうまかった。 そして、バックパッカーズホステルに4人用の部屋を一部屋借りて、みんなで一部屋に一緒に寝た。 南島での旅の始まりだった。