貧乏学生のドイツ野宿旅

貧乏学生のドイツ野宿旅

この度、大学を休学し、スーパーカブによる日本一周の旅を決意しました。
各地方での対話を「学び」に換えられるよう頑張ろう!と思います。

…ここから半年後ドイツへ行くことになってしまった。
生きて帰ってきたいです。

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社畜とは好ましくない生き方なのか?

ふと岩手にいるとき考えました。

岩手県奥州市は前沢牛の名産地ですが、
ここに牛の博物館という過度にマニアックな博物館があります。
マニアックすぎて「ここは日本で唯一の牛に特化した博物館です。」と言われても、「でしょうね」としか返せませんでした。

博物館にいる間に雨が降ってきたせいで4、5時間館内にとどまっていたので隅々まで職員の解説付きで見ることができました



館内に優秀な畜産農家の方を奉る展示コーナーが印象的だったのですが、

多くの農家さんは良い肉牛を育てるために気をつけていることとして、「毎日話しかける」「コミュニケーションを大事にする」という和やかな雰囲気のコメントを残しておりました。

しかしながら最優秀賞を受賞された佐藤さんという方は同様の質問に、「牛の最初の発情を見逃さないことが大事」という具体的かつもう一度読んでしまいたくなるよう
な返答をしておりました。

これはつまり牛の家畜化を促進するということらしいのですが、そもそも家畜化が進むと、
1、脳のシワが少なくなる
2、繁殖力が強くなる
3、性成熟が早くなる
4、一年中繁殖可能になる
などの特徴が見られるようです。

家畜化された牛たちは管理しやすく、均質な肉牛が育てやすくなる、ということらしいです。

ところで、最初に挙げた社畜というフレーズですが、
「会社+家畜」からきた造語である、とwikipediaに書いてありました。
先に挙げた家畜化の特徴から考えると、僕には人類全体が家畜化されているようも思えます。
、、、脳のシワが減っているかは分かりかねますが。

もし仮に、
社会のなかで特に何も考えず家畜のように繁殖行為で頭いっぱいな人間のことも、「社会+家畜」で「社畜」と言ってしまうなら、世の中「社畜」だらけな気もします。少なくとも日本では。




「会社の家畜」であったとしても
最優秀畜産家の佐藤さんのような、
観察力のある、欲求を見抜いてくれる方がトップにいる会社なら、たとえ外部の人間から社畜だ、社畜だ、などと揶揄されようとも気持ちの良い社畜ライフが送れると思うのです。

外部から揶揄する人間もたいがい「社畜」であることでしょう。




つまるところ、僕が言いたいのは、

「会社の家畜」でも幸せな生き方はきっとある

というごく普通なことと、
たいがいの人間は「社会の家畜」だろうし、
「社畜」が社畜を馬鹿にすることは滑稽だろう
ということです。


社畜とも「社畜」とも形容できない生き方をしている人間はほんのわずかで、彼らは端から見たら不幸なのかもしれません。

あらゆる生き方を知った上で自分の道を決めたいものです。視野を広げる意味はそこにあると思います。奥州に行ったら牛の博物館に行きましょう。


今日はこんな感じで。。。




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