この記録も終盤に差し掛かった。今回のマスタークラス講習会の参加者に、少し触れておこう。この主催者のパトリックは地方の音楽院(conservatoire)の教師だが十数年前、コンサートのため来日したことがあり、私はその実力を知っていた。以前パリに住んでいた友人から講習会のことを聞いていて、漠然とだが、いつか参加できないものかと思っていた。一度心に描いたことが、現実になるには、少々時間はかかりはしたが・ : ,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆
天文学の教授、Christoff,、アマチュアで、こころから歌を愛し、本当に真摯に演奏に取り組んでいるその姿は、私の胸を打った。Carine、未だ若い彼女は、素晴らしい声の持ち主、来年の、コンサートでは、ビゼーのオペラ『カルメン』のタイトルロールを歌う。圧倒される声量と深みのある美しい音色、これからが楽しみである、Claire,mezzosopranoの彼女はすでに,ナントで歌っているプロである。彼女が歌い手になるきっかけは、ある日彼女が働いていた美容院にナントの歌劇場で歌う高名な歌手が来ていて、鼻歌を歌っていたClaireの声をきき、プロの道にみちびいたとか、今でもそんな話があるのだなーと思わせられる嘘のようなほんとの話である。以前イタリアのオペラ歌手には、様々な職種から転身した人も多数いたというのは、よく聞く話だ。その他、合唱団を指導者、幼児教育の教師など、主婦, 財務省勤務のキャリアなど、歌を愛して止まない人たちとの、研修6日間の共同生活は、宝であった。
発声法のテクニックに関して、記そうと思うと、専門的になりすぎるしそう簡単には表現できそうもないので、またの機会にしようと思う。
Diction(朗読法)、舞台での演技、様々なアプローチによる演じ方(intrepretation) 例として・ある人物を与えられ、その人物になりきり舞台の端から端まで歩くレッスン、歌詞を通しで読んだあと、ちょっとしたヒントを与えられたた後に、再度読み上げた時のニュアンスの違いを感じさせるレッスン、表現者として必要なtensionの張り方等々、多くの事を学ばせてもらった。それらすべてに、訓練された声という媒体が揃った上での、表現芸術の楽しさ,難しさ、奥深さ、を身体で味あわせてもらい、感謝である。もっと若いときにこのようなレッスンと出合っていたらなどと思ったりもしたが、『全てに時あり』という言葉をわが身に当てはめるとしたならば、『学ぶに時在り』『知るに時あり』なのかもしれない。自分の演奏において、また生徒の指導において、、あたかもlenterne(ランタン)に明かりがともったような思いである。








(exercise techniques collectifs et vocalises)がある。
①「好きな色」 の組みあわせ
②好きな 「色の組み合わせ」 と二種類を考えてみた。


私のフランス語の程度は初級の上くらいです、とか
私のほうも、夫の仕事のことやら、フランス旅行の話、
学校で教えていた頃の話、
福島の話、etc・・・・今、再現しろといわれても絶対無理・・・もどかしい思い(こう言えたらなあ)をしつつではあったが、なんとかコミニュケーションが取れたのは、嬉しい限りだった。(^-^)/(^O^)/('-^*)/(^O^)ヽ(゚◇゚ )ノ
滞在中の、細やかな心使いに心から感謝






Hellequin
リズム感をだしたいと思い、意訳になりました。今日は此処までです