パソコン通信サービスについて思う

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今日の――観念論的――哲学を人々は広義に於ける実証主義[#「実証主義」に傍点]と広義に於ける批判主義[#「批判主義」に傍点]とに分ける習慣を有っていると思うが、哲学のこの二つの種類も、哲学が自然科学[#「自然科学」に傍点]――それは十八・九世紀に至って思想界を圧倒的に席巻し始めたものだ――に対してどういう態度を取るかによって特色づけられている。今日の哲学は自然科学を中心として態度を決めねばならぬ。そしてこれは古くギリシア哲学の歴史に於ても、その通りだったのである。
さてこうして自然科学に於ける範疇体系が哲学的乃至論理学的範疇体系と共軛的であるとして、同じ関係が、而もより明らかに、社会科学と哲学との間にも横たわる。社会科学の範疇体系も亦同じく、この哲学的・論理学的・範疇体系と共軛性を持っている。否両者の範疇体系は、時としては一見直接に――共軛の媒介を経る必要などなしに――安全に一つであるようにさえ見える場合がある。例えばマルクス主義経済学に於ける範疇体系は唯物弁証法と呼ばれる哲学の範疇体系そのものが歴史観となって具体化されたものに外ならないし、J・シュンペーターなどの「純理経済学」は全く実証主義の範疇体系が具体化されたものの上に立っている。