プラハ クラクフ 8 | 自律神経失調気味的人間放浪記

プラハ クラクフ 8

昨日は仕事でミスって凹んでしまったオレ。


更新もサボった。


で、続き




アウシュビッツは言うまでもなくヒトラーのナチスドイツ時代にユダヤ人やジプシー、犯罪者を収容した場所。

ガイドさんの解説にもあったのですがこの場所の特徴として

①ナチスの司令部があったクラクフから近い

②ナチスドイツの領土の中心部にあった

また

③どちらかというと湿地帯、沼もある。よって衛生面で良くない。


といった特徴があります。

だから、病気になりやすく、なってしまったユダヤ人は



こうゆうところに





こんな中に

(文字を訳すとユダヤ人は汚いから清潔にしましょうみたいな事がかかれているらしい)


一つにベッドに3人くらい寝かされてたらしいですが




話をもとに戻して、病気になったユダヤ人は外へ捨てられるそうです

ちなみにこの広場には多くのユダヤ人の死体があったみたいです



で、ユダヤ人はぎゅうぎゅう詰めの貨物列車に乗ってアウシュビッツにつれられて来るようですが

有名なのがこれ




復元らしいですが、線路がアウシュビッツ内まで延びていたようでここで降ろされたとのこと

ちなみに写真には写ってないですがもう少し手前側に花束が置いてありました。イスラエルから来た人が追いてったそうです。


有名なのがこれ




よくみるとBが逆さになっている。これは入場の門の所なんですが、これを作ったユダヤ人収容者のわずかな反抗と言われています




アウシュビッツは残念ながらほとんどが復元の物、ほとんどが一回壊されたらしいのですが、これは全く当時のまま

「死の壁」といわれているものです。ここで銃殺刑が行われていました

ガス室意外にも銃殺されたユダヤ人も多くこの壁には弾痕も残っています






はっきりいってこの場所は面白い所は全くないです。歴史の傷を痛感させられるのみです。


続く