学説に拠れば探偵小説とは謎が提供され、次に推理によってその謎を解く小説のことである。つまりここに一つの謎があって、その謎を構成している諸材料に関する常識乃至は説明だけの知識でもって、その知識の或る部分を推理によって適当に組合わせてゆくとそこで謎が解けるそのような推理体系を小説の形で現わしたものが探偵小説だというのである。
鼠の顔を推理で解いて、果してどういう答がでるだろうか。
「鼠の顔とかけて、何と解きなはるか」
「さあ何と解きまひょう。分りまへんよってにあげまひょう」
「そんなら、それを貰いまして、臥竜梅と解きます」
「なんでやねン」
「その心は、幹(ミッキー)よりも花(鼻)が低い、とナ」
これは単なる謎々であって、探偵小説ではない。第一その謎を解く鍵が、至極フェアとまではゆかない。無理な着想を強いる。
もしこれが探偵小説の形で発表されていたにしても、その点で優等品とはゆかない。そうした欠点は、この謎を作るときに建てた推理が謎を解くときの推理と全く逆であるところに無理がある。