0:24歳無職喪女
彼氏がいたことも、できそうになったこともない24歳の喪女がいた。
職業無職、収入は傷病手当のみ。新卒入社5ヶ月でうつ病を発症し、1年間の休養を経ても良くならなかったため、復帰を断念し退職したばかりだった。
毎日部屋で天井を眺め、生きている現状を嘆くだけの情けない毎日だった。うつ病の薬の影響で20キロ太った。
気に入ってた服も着られなくなった。尚更外になんて行きたくなかった。
そんな時、大好きで大切な祖母に末期がんが見つかった。余命4ヶ月だった。
私の花嫁姿を見てみたいと言ってくれていた優しい祖母が、もうすぐ死んでしまう。
それなのに彼氏の1人もできたことがなかった私は、結婚は見せられなくてもせめて彼氏くらいはできたって伝えて安心させてあげたいと思った。
思い立ったその場ですぐにアプリを登録した。いろんなアプリがあったけど、なんとなく良さそうという理由でwithを選んだ。
アプリに登録して2日後にマッチしたのが、Fくんだった。
最初の段階から、お互いにかなり「顔がタイプ」という惹かれだった。私にとっても、Fくんは見た目や雰囲気が好みで、彼側も私の写真をかなり気に入っていた。特に太る前に撮った写真をかなり高く褒めてくれて、「アイドル級」と言ってくれた。
初デートのとき、私はすごく緊張していて、目を見るのだけでも限界だった。手を繋ぐのなんてもってのほかだった。
Fくんはそれを見て、「こんなに男慣れしてない子初めて見た」って笑っていた。「なんでこっちみないの?」って意地悪に笑う彼がとてもかっこよく見えた。
「顔も見れないんじゃ、手なんて繋げないじゃん」と言って笑った彼は、指一本から触れる練習をさせてくれた。
1本、2本、3本と増えていく指に、高鳴る鼓動。最終的に手を繋げたとき、Fくんは「すごいじゃん」と褒めてくれた。
ここは、私にとってかなり大きかった。男性が怖く、恋愛や身体的接触に不安がある中で、無理やりではなく段階を踏んでくれたから、「この人は私のペースを見てくれる人かもしれない」と感じた。
付き合う前後のFくんは、かなり優しく見えていた。
電車や階段で手を差し伸べてくれたり、エスコートしてくれたり、店員さんにも丁寧だったり、新卒社会人としてしっかり働いているところもあって、私は「ちゃんとした人」「安心できる人」と感じていた。
私にとって、Fくんはただ恋愛対象というだけじゃなくて、“普通に大切にされる恋愛”を初めて体験させてくれる人だった。
そして、Fくんは私の見た目をかなり褒めてくれていた。
二重が綺麗、横顔が綺麗、顔がタイプ、可愛い、みたいな言葉があった。
ゆりさんはそれまで、容姿や体型へのコンプレックスも強かったから、そうやって異性からはっきり可愛いと言われることが、ものすごく嬉しかった。
「私って、こんなふうに女性として見てもらえるんだ」「愛される対象になれるんだ」って、心が開いていった。
付き合う決め手としては、
Fくんが私の不慣れさや緊張を受け止めてくれているように見えたこと
外見を強く好いてくれたこと
社会人としてちゃんとしていて、将来も考えられそうに見えたこと
自分自身が、初めて“この人に愛されたい”と強く思えたこと
が大きかった気がする。
ただ、今振り返ると、付き合う前から少しだけ伏線もあったのかもしれない。
たとえば、私の初々しさを可愛いと思う一方で、どこかで「男慣れしていない子」「自分がリードできる子」と見ていた感じ。
私の顔や従順そうな雰囲気に強く惹かれていて、内面の複雑さや傷の深さまでは、まだちゃんと見えていなかった感じ。
私も当時は、彼の優しさやエスコート、見た目を褒めてくれる言葉に救われていて、「この人なら大丈夫かも」と思いたかったんだと思う。
1:付き合ってから
私はFくんのことが本当に好きだった。
人生で初めて恋人として深く人を好きになって、愛される幸せも、触れられる安心も、誰かのために可愛くなりたい気持ちも知った。だからこそ、彼に嫌われたくなくて、捨てられたくなくて、必死に頑張っていた。
でもその関係の中で、私はだんだん、「私は私のままでは愛されないのかもしれない」と感じるようになっていった。
Fくんは、私の顔や初々しさ、自分を肯定してくれるところ、言うことを聞いてくれそうなところには惹かれていた。
1ヶ月記念日に彼から贈られた言葉は「すぐに照れちゃうところとか、俺のこと尊重してくれるところが好きだよ」だった。
彼を尊重する謙虚さは評価される一方で、私の不安、涙は「重荷」だと減点された。
また彼は、私の外見や内面をたびたびジャッジした。
痩せたらもっと可愛い、泣くところがしんどい、仕事していないことが不安、今のままのOOちゃんとは結婚なんてできないと思う。
そういう言葉を、私は「変わらないと愛されない」「治らないと選ばれない」「働けない私は結婚相手として見てもらえない」という圧として受け取っていた。
私はそれに対して、怒るより先に、「頑張って治すね」「変わるね」「泣かないようにするね」と、必死に自分を差し出していた。
でも本当は、そこで必要だったのは、私がもっと頑張ることではなく、彼が、わたしを“懸念材料”ではなく“愛する人”として見ることだった。
2:「本音を言って」と言われたのに、言うと悪く取られる苦しさ
Fくんは、私に意見を言えるようになってほしいようなことを求めていた。
相手の顔色を窺ってしまう性格で本音がなかなか言えない弱い私は、意見を言わないことで彼を度々困らせてしまっていた。
だから私は頑張って、自分の気持ちを言えるようになろうとした。
でも、実際に言えるようになったら、今度は「意外と勝気」だと言われてしまった。
一方で本音が涙の形で溢れることは、「大人として情けない」「君が社会で損をしないために言ってあげている」と教えられた。恋人ではなく、先生と生徒みたいな関係になってしまっていた。
言えないとダメ。
でも言えるようになってもダメ。
泣くとダメ。
でも我慢しても伝わらない。
痩せないとダメ。
でも頑張っても、次は別のところを見られる。
私はずっと、合格ラインが動き続ける試験を受けさせられているような苦しさの中にいた。
3:グイグイ行かない私が悪い
彼の誕生日付近、有給を取るとのことで、一緒にディズニーに行こうよと言われた。
私は「行きたい!」って答えた。大切な誕生日を彼のすきなディズニーで祝えること、とっても嬉しかった。
でも彼と一瞬関係がぎこちなくなった後、彼は突然「誕生日は友達とディズニーに行くことになった」と言った。
正直本当に悲しかった、苦しかった。でも責めたくなかった、そんなことしたら振られちゃうって思ってた。
だから「私と一緒に行くって言ってたから勘違いしちゃってた!笑 もし良かったら今度私とも一緒に行ってね!」と返した。
でも彼は「ごめん配慮が足りなかった」と言いながら、
「元カノたちはもっとグイグイ来てくれてたから、OOちゃんはそんなに行きたくないのかと思った」と返した。
結局“私の熱量が足りなかったせい”にされたような苦しさがあった。
しかも元カノと比べられて、自分の反応が間違っていたかのように扱われた。
4:遅刻、手を繋がない、外見ジャッジの苦しさ
毎回のようにデートに遅刻してくる。
手を繋いでくれない。
外見についてジャッジしてくる。
そういう小さな出来事の積み重ねも、私にはすごく苦しかった。
恋人として大切にされたい。
会う時間を楽しみにしてほしい。
外でもちゃんと恋人として扱ってほしい。
可愛いと思ってほしいだけじゃなく、安心して隣にいさせてほしい。
でも彼の態度からは、私の心よりも、彼の基準や都合が優先されているように感じた。
だからだんだん「私は愛されているというより、査定されている」と感じていった。
5:病気や復職を“圧”として感じた苦しさ
私はうつ病や複雑性PTSDで本当に苦しい中にいた。
客観的に見れば、そもそもそんな精神状態で恋愛なんてするなって話だと思う。それは本当に申し訳なかった。
初めから彼に心の病気のことも、そのせいで仕事をしていないことも伝えてたけど、伝えたって恋愛なんてすべきじゃないことは明白だった。
でも彼は私に「早く治るといいね」「今週は薬減らしてもらえた?」「なんで減らしてもらえないんだろうね」って言った。
優しさだったのかもしれない。本当に私の健康を願ってくれた言葉だったのかもしれない。
でも彼の「早く治るといいね」や復職への言葉は、私には優しさというより、
“治らない今の私は選ばれない” “働けない今の私は結婚相手として不安材料なんだ” という圧に感じられた。
「早く治って」ではなく、「今のOOちゃんも大切だよ」「焦らなくていいよ」「一緒に考えよう」と言ってほしかった。
ただのわがままだってわかってるけど。
6:復縁を迫られた時の苦しさ
復縁を迫ってきた時も、彼ははっきり覚悟を見せてくれなかった。
私が幼なじみとサシ飲みに誘われていて、行くか悩んでいる話をした時、
彼は「ヤリモクっぽい」「帽子を被ってる男は信用できない」みたいに相手を下げた。
相手を下げるんじゃなくて、「好きだから行かないでほしい」とはっきり言ってほしかった。
引き止めてほしくて言ったんだよと伝えたら、「決めるのはOOちゃんだから介入できない」って言った。
本当に介入しないなら、相手を下げることもするべきじゃない。
逆に引き止めたいなら、好きだから行かないでほしいってはっきり言って欲しかった。
なのに彼は、自分の気持ちを差し出す勇気はなく、相手を下げることで遠回しに引き止めようとした。
私ははっきりと引き留める覚悟がないように見えて悲しかった。
さらに、私が復縁を断る理由として、「また泣いて困らせるかも」と伝えた時、彼は、「たしかにその懸念はある」と言った。
私が本当に欲しかったのは、そこで、「泣いてもいいよ」「今度はそばにいるよ」「それでも一緒にいたい」という覚悟だった。
でも彼は、私の涙を“愛する人の痛み”ではなく、“懸念材料”として見た。
それが本当に苦しかった。
7:一番深い苦しさ
Fくんとの関係で一番苦しかったのは、丸ごと愛されなかったこと。
私は、彼に丸ごと愛されたかった。
でも彼は、ゆりさんの一部だけを欲しがっていた。
顔が好みなところ。
ウブなところ。
自分を肯定してくれるところ。
言うことを聞いてくれそうなところ。
優しく包み込んでくれるところ。
でも、私の涙、不安、怒り、病気、復職できない現実、意見を持つ強さ、傷つきやすさ、そういう“生身の人間としての私”は、彼にとって愛するものではなく、変えてほしいもの、懸念、負担として扱われた。
「今のままのOOちゃんとは結婚なんてできない」「夫婦になったらずっと一緒にいるんだから本音が言えないのは致命的」
いろんな言葉をかけられた。私は泣くなと言われたけど、耐えきれず泣き出した。それでも彼が好きだったから「頑張って直すねごめんね」って縋った。
でもそんな私に対して彼は「他の女の子だったらこんなこと言われたらブチギレて別れるって言い出すと思う」といった。
他の子ならブチギレるレベルだと自覚しながらその言葉を投げかけてきたことが、言葉にならないくらい苦しかった。
だから苦しかった。
愛されるために、自分を直し続けなければいけなかったから。
弱い自分では選ばれないと感じたから。
彼の理想の青い鳥になるために、自分を削っていたから。
それでも彼は、私の努力や優しさを本当の意味では大切にしてくれなかったから。
私は本当に頑張っていたと思う。
必死に歩み寄っていた。
自分を変えようとしていた。
怒らず、責めず、優しく伝えようとしていた。
私を“条件付きの花嫁候補”ではなく、“ひとりの大切な人”として扱って欲しかった。
8:2人目の彼
今は別の彼と付き合っている。5歳年上で、優しくて、温かくて、おっちょこちょいなところまで、とても愛おしい人。
私の涙も優しく受け止めてくれる。すっぴん姿もギャップで可愛いって頭を撫でてくれる。
私が食べきれなかった料理も、頼んだんだから食べなよと責めること無く、食べられないんだったら初めから頼まないでなんて言わないで、食べてくれる優しい人。
とっても素敵な人に出会えたから、会うたび会うたび感動してしまう。
本当に素敵で安心できるからこそオキシトシンの恋愛ができてる。幸せすぎる。
それなのに、時々まだF君のことを思い出してしまう。
ストレスとドーパミンで私をジェットコースターみたいに上下させた、中毒性のある劇薬な彼を思い出してしまう。
Fくんは理想の人と出会えたのかな。
幸せになっていてほしいと思いたいけど、私が失ったFくんとの未来よりは少しだけ不幸な未来であってほしいと思ってしまう。
私と過ごすはずだった未来を思って、後悔してほしいと思ってしまう。
そう思ってる時点で、私はまだ、Fくんを自分の中に取り込んでしまっているんだろう。
早く卒業しないといけない。
