道の真ん中に突如現れた「塚」。二子玉川から自由が丘エリアに潜む、都市伝説と地名のミステリー。
先日のこと。
家から自転車で三軒茶屋へ向かった。僕は初めて通る道が好きなので、あえて小さな小路をジグザグに入っていく。
(※「三軒茶屋」という地名の由来は、江戸時代中期に大山道と登戸道の間に、三軒の茶屋があったことだという。)
三軒茶屋まで行くには、本来であれば、極論、1つの角を曲がれば着くのだが、それではつまらない。
本来避けられないであろう上りの坂道は避けながら進んでいく。
そんなことを繰り返していた結果、少し迷い込んでしまい、思惑とは異なるところまで行ってしまったようだ。
すると、目の前に突如、異様な光景が現れた。
道の真ん中に、柵で囲まれた小さな敷地が堂々と鎮座しているのだ。
本来なら真っすぐに道を作りたいはずなのに、明らかに「その一角」だけを残し、道路がぐるりと避けるように作られている。
調べてみると、そこは「葦毛塚(あしげづか)」と呼ばれる場所だった。
源頼朝の愛馬(葦毛の馬)が、近くの「蛇崩川(じゃくずれがわ)」を渡ろうとして沢の深みにはまり亡くなってしまい、
ここに埋められたのだという。
ちなみに蛇崩川という名前も、大水の時に崩れた崖から「大蛇」が出てきたことが由来だそうだ。
「都市伝説的な話は好きだが、自分からは近づかない」をモットーとしている僕だが、
この時ばかりは避けて通れず、真横を通過させてもらった。
(幸いなことに、特異な怪奇現象などの情報は発信されていないようだ。。。良かった・・・)
こういった歴史的な背景を持つ場所、都市伝説を生むような場所は、意外と僕らの身近に潜んでいる。
そもそも、この葦毛塚がある通りの隣には、「五本木通」が走っている。
地名の由来は、かつてこの地を縦断していた鎌倉街道沿いに5本の大樹があったことだそうだ。
目黒区のホームページによると、明治の初めころの様子を語った土地の人の言葉では、
「昼間でさえ、身の毛がよだつほど薄暗く、元気のよい若者でも通ることを恐れた」という。
五本木とくれば、六本木が思い浮かびますよね。(と言うより、六本木の方が世の中的にはメジャーな話ですね)
六本木と言う地名も、やはり江戸時代に六本の木があったことが由来だそうです。
せっかくなので、身近な二子玉川から自由が丘エリアで何か面白い話はないかな??と調べてみました。
まずは、「二子玉川」という地名だが、実はこの地名、もともとあった一つの地名ではない。
多摩川を挟んで、川崎側にあった「二子村(ふたごむら)」と世田谷川にあった「玉川村」という2つの地名をくっつけた
駅名の為の造語だという。
さらに、川崎側の「二子(ふたご)」という名前の由来は、その付近に双子のように並んだ「二子塚」という塚があったそう。
しっかり古代の「塚」の歴史が隠れているには、ロマンを感じます。
等々力には、都会のオアシス的な等々力渓谷がありますが、「野毛大塚古墳」もあります。
全長82mですから、葦毛塚の比ではない大きさです。5世紀ころのものだとされていますが、
僕はその古墳がある公園で野球をしたりテニスを楽しんだりしています。
そして、九品仏の浄真寺周辺に伝わる悲しい伝説。
戦国時代、世田谷城主の側室だった常盤姫(ときわひめ)が、悪い噂を流されて逃亡。
身の潔白を伝えるため、可愛がっていた白鷺に手紙を託して飛ばしたが、白鷺は途中で撃ち落とされてしまう。
その白鷺が落ちた場所から咲いたのが、シラサギが羽を広げたような形をした美しい「サギソウ」だという。
頼朝の愛馬の話にも通じる、動物と人間の悲しい歴史ですね。
「都市伝説話は好きだが近づかない」をモットーにしつつも、普段何気なく通っている道や見慣れた駅名にも、
実は古代の「塚」や悲しい伝説が隠されていると思うと、街の景色が少し違って見えてきますよね。
盆明けの焦りとヒグラシの声。
お盆が終わると、世の中の夏休みもいよいよ終盤戦に差し掛かったように感じる。
この時期になると、何やら理由のない焦りを感じてしまうのは僕だけだろうか。
蝉業界で言えば、ジージーと鳴くアブラゼミから、カナカナカナ……と哀愁漂う「ヒグラシ」へとバトンタッチするイメージ。
「もっと〇〇しておけば良かった」と後悔しないように、学生さんやお子さんたちには、
残りの日々をしっかりと充実させてほしいと切に願う。
翻って僕はと言うと、先週、平日は毎日出社したものの、かなり緩めのペースで過ごせました。
ゲリラ豪雨などの影響もゼロではありませんでしたが、この10数年におけるなかでは、
多少なりとも「夏休みモード」で過ごせた非常に珍しい年になったことは間違いありません。。。
自分の働き方の変化、進化なのだとポジティブに捉えています。
一昨日、仕事(公務員)で数年間、東京の某島で暮らしていた知人に、
今回のような大雨や台風など、天気の影響をもろに受ける島にとって、
「台風直撃が確定的な場合、旅行の取り止めとかも頻繁に起こるよね?島の宿泊業の方々は死活問題じゃない!?」
と聞いてみた。
すると、僕の想像とは異なる答えが返って来た。
島で観光業に携わる人たちは、そうした自然の猛威にはある意味で「慣れっこ」になっていて、
だからこそ、台風による日程変更などは柔軟に対応しており、旅行者もキャンセル保険などもリスクヘッジもしているらしい。
自然には抗えないからこそ、お互いに柔軟なシステムを作り上げている島のビジネスの逞しさには感心してしまう。。。
それにしても、島への旅行は本州でのトラブルとはワケが違う。
仮に成田空港で台風によって足止めを食らったとしても、最悪の場合は電車やバス、タクシー、
あるいは歩いてでも陸地を移動することができる。
しかし島の場合は、帰る手段が「船」か「飛行機(ヘリ)」となる。それが欠航になれば、完全に孤立してしまうのだ。
「もう1泊できてラッキー」と笑えるのは最初のうちだけで、
仕事の予定が詰まっている大人にとっては、背筋が凍るような事態である。
自然の美しさと隣り合わせにある、島ならではの過酷な現実ですね。。。
島の人々の逞しさと、日々の当たり前の交通インフラに改めて感謝したお盆明け、
フルスロットルまで持って行くには何日かかるのだろう!?
過去の略奪は許され、今の侵略は許されない!?北方領土から考える「領土」という永遠のテーマ
ロシアの要人が北方領土を訪問したというニュースに対し、アメリカ当局が「日本の主権を長年認めてきた」と発表した。
こうした領土問題のニュースを目にするたび、僕はいつも「領土とは一体何なのだろう」という、
複雑で正解のない疑問に行き着いてしまう。
①地理的距離と国境は一致しない
地図を広げてみると、
国境線というものがいかに不自然に引かれているかがよく分かる。
今や日本の領土となっている最西端や最南端の離島を見てみても、地理的な距離だけで言えば、
日本の本土よりもアジア大陸や台湾などの諸国の方が圧倒的に近い。
世界に目を向ければさらに不可解だ。
かつて「ヨーロッパの大国」と呼ばれた国々、例えばスペインやフランスは、未だにアフリカ大陸の一部や遠く離れた海域に
「海外領土」や「自治都市」を持っている。 距離や文化の連続性を無視して引かれた境界線が、今の地球を覆っているのだ。
②距離の問題でなければ言語や宗教や思想の違いでもない!?
では、、、距離の問題でなければ、言語や宗教、思想、慣習、文化、、、これらの違いはどうなのか?という話もある。
実際のところ、例えば分かりやすく「島」であれば、やはり小さなものが多く、また殊更大陸から離れているのであれば、
より一層の異なる慣習、文化が存在しているであろう。
特異性がある事実とは裏腹にして、大国にとっては権益になる条件を備えているケースが多く、
一方で、大国相手に武力で勝ることは現実的ではないため、どうしても巻き込まれ、抱かれてしまう。
③「勝敗の歴史」をフリーズさせた現代のルール
ここで、一つの大きな矛盾に突き当たる。
現代の国際社会では「武力による現状変更(新たな侵略)」は絶対に許されない悪として非難される。
しかし、今ある国境線の大部分は、「かつてどこかの時代で、他国から武力で奪い取った結果」として成り立っているものだ。
つまり、僕らが生きている現代のルールは、
「過去の歴史で奪い取った既得権益はそのまま認めるが、これからの新たな侵略はルール違反とする」という、
極めて身勝手な(しかし世界を平和に保つためにはそうせざるを得なかった)世論の上に成り立っているということだ。
第二次世界大戦後、国連を中心とした国際社会は、これ以上の血を流さないために、ある種の「強引な現状維持」を選択した。
④領土問題は永遠のテーマなのか!?
日本においても、北方領土や尖閣諸島など、完全な決着がついていない問題が山積みだ。
「歴史的に固有の領土である」「いや、実効支配しているのはこちらだ」という主張のぶつかり合い。
過去の歴史のどこを「基準点」にするかによって正義が変わってしまうため、
当事者同士の話し合いだけで解決することは極めて難しいのだが、これも不思議で、
領土と主張されている地に根差している住民たちの意見・考えはそこには存在していないようだ。
地球という有限の土地を、人間が「国家」という枠組みで分割して管理している以上、
領土問題は日本に限らず、人類にとっての「永遠のテーマ」であり続けるのだろう。
地図上に引かれた目に見えない線。
その線を守るために、今日も世界のどこかで火花が散らされている現実を思うと、人間の業の深さを感じずにはいられない。
今日は日本の終戦記念日です。
戦後を語る人はまだいますが、戦時中を語れる人は年々少なくなっていきます。
自然災害というものにも対峙していかなくてはならないのです、せめていがみ合いを止め、助け合う世の中でありたいものです。
