善とは


合理的な考え方である



悪とは


非合理的な考え方である



善は合理的な考え方であるから

ローリスクローリターンな状況になりやすく


悪は非合理的な考え方であるから

ハイリスクハイリターンな状況になりやすい





善なる生活は非常にリスクが小さい安心した生活となるが

その分リターンが小さいため、その幸せはささやかとなりがちである


よってささやかな幸せを納得したうえで、合理的な考え方にて生きていくためには・・・・・


ローリターンに納得する、自制心が必要だ!!





悪なる生活は非常にリスクが大きく危険と背中合わせの生活となるが

その分リターンも大きく、その幸せは絶大なものとなる


その例として

銀行強盗  捕まれば終わりだが、成功すると一攫千金!!

麻薬     中毒性があるが、その幸福感はこの世のものとは思えない!!


よって絶大なる幸せを求めるうえで、非合理的な考え方にて生きていくためには・・・・・


ハイリスクを恐れない、覚悟が必要だ!!




善とは、自制心という名の理性であり


悪とは、覚悟という名の理性である




まともな理性も持ち合わせていない善人や悪人が多過ぎる!!


と、私はこの頃よく思う・・・・・・

















あまりにも強い存在には勝てない


よ・う・に...


あまりにも弱い存在にも何故か勝てない




なぜならば...




住む世界が違うから!




もちろん、どちらの存在にも勝てる可能性がある!!



しかし、



どちらにも見苦しい自分をさらけだす

必要がある!




せっかく見苦しい自分をさらけだすのなら


上の世界を目指そう~




わざわざ下の世界の存在に見苦しい自分をさらけだす必要はない!!




他者に迷惑をかけられたとき

その人は、その存在は

あなたより上の世界なら

がんばろう!!



しかし


あなたより下の存在ならば

逃げるべきだ



あまりにも弱い存在も

また、あなたには手に負えない出来事であるから



自分の感情は押し殺して



相手は自分に近い存在なのか

あまりにも強い存在なのか

あまりにも弱い存在なのか


それを考えなくては



戦い方を誤る!!



類は友を呼ぶ!!






戦う相手をくれぐれも間違うな!!




あなたの願いを叶えます!


ただし条件がひとつあります!


あなたは一人です!






どんな願いも条件内で叶います!






とりあえず、車を手に入れましょう。


せっかくですから、なるべく高級な車を・・・


私は、あまり車に詳しくないのですが・・・


ベンツ、ポルシェ、フェラーリ、レクサスなんでもいいです!

四駆でも大型トラックでもいいです!


あなたは、手に入れました・・・

望んだ車を・・・


手に入れた車を、どこで運転してもかまいません、好きなところで好きなだけドライブしてください。


ただし、あなたは一人です。





次は、とても大きな豪邸を手に入れましょう。


西洋の、お城のような大きな建物でも、


日本家屋の雅な建物でも


なんでもいいです。


どんな素晴らしい家でも住むことが出来ます。


庭に温水のプールを作ることも出来ます。


ただし、あなた一人です。





次は、美味しい食事を食べましょう。


日本料理、懐石料理、フランス料理、フレンチ、中華、焼肉、ハンバーガーなどのファーストフード、なんでも食べれます!


しかも、どの食事も、一流の食材を、一流のシェフ、一流の料理人が、一流の調理方法で調理し、一流の盛り付けで食べることが出来ます。


一度たりとも不味いと思うことは、ありません!


ただし、あなた一人です。






そろそろ気づきませんか?


虚しいと思いませんか?




今、神はそのような状況です!!




全知全能の力、無限大のエネルギー、を、なんとなく単独保有しているだけの状況です!!



神は、知的生命体としての人間に望むことがあります!






共感がしたい!!







神の創りし、この世界を神の自慢とするならば・・・






その自慢に共感していきましょう!!




朝焼けが綺麗。


花が綺麗。


食事が美味しい。


よく眠れてスッキリした。


なんでもよろしい!!






この世界をありがたがり、感謝することが、神様の創りし作品を褒めることになる・・・





不幸だ、生まれてこなければよかった、何もいいことがない、と、世界を否定すればするほど、神の創りし、神の自慢のこの世界を否定することになります。



神様は思うよ。


こいつ、私の創った作品を(宇宙または世界を)否定ばかりするする嫌な奴だなと・・・







宇宙が始まる前・・・


時間も空間も何も無いそこに・・・


何かがありました!




確かにあるが無いかもしれない幻のような何かが・・・





その何かは、膨大な質量と、膨大なエネルギーであることは確かです!!


そして、その膨大は膨大でありすぎて、私たち人間には無限大としか思えない何かです。




無限大の何かは、11次元なる私たち人間には理解しがたい次元にありながら・・・

しかし、その11次元も何なのか分からないままそこに、その何かはあります。


何かは、全知全能ではなく、そして全知全能でもあります。


何かは、何よりも優れているわけでもなく、何よりも劣っているわけでもありません。

なぜならば、何かは、ただ1つの何かであるだけであるから、競う相手も存在しないからです。


ただただ膨大な無限大が、1つで何かをなしている状態です。




何かは、思います・・・


「私はいったいなんなんだ?」





何かは、11次元に漂う1つの塊でしかありません。


何かは何かの何か自身を使い、何かを試み始めます。


「私を観測できる、知的存在を作ろう」


何かは、何か自身を使い始めます。




その何かがリションであり「T」と「V」です。


リションとは、何かそのものの存在です!




何かは、リションを使い創造を始めます・・・




そして、時間と空間を膨張させ始めます。


ビッグバンです!!





私は「T」と「V」を最初の男女と思っています。


イザナギとイザナミ や アダムとイブ 何かは1つでありながらペアでもある存在だと思っています。





やがて、リションの素粒子「T」と「V」が観測者として相互関係をとりあいながら、あらゆる存在が観測されつつ存在が確定されていき、存在がしだいに安定していきます。





何かは何かでありながら


何かのまま創造した、知的存在(人間)の何かへの観測結果を、


何かは何かのままで知りました。


「私は、神や仏らしい・・・」






何かは思います・・・



知的存在が私を観測してくれたからこそ、私は僅かながらでも私の存在を確定することが出来たと・・・






原子は、陽子だけで出来ているわけではありません。


その他に、電子とか中性子とか中間子とか・・・




どうでもいいです!!




それらを構成する、とても小さく不安定な存在が素粒子(種類豊富)です。


その素粒子は、4つの力に分類されます。

(重力、弱い力、電磁波、強い力)





それすらも、どうでもいいです!!





とにもかくにも、これら4つの力は、もともと「1つの同じ力」であり、その根本的、根源的な力の素粒子は、いったい何なのかが紐解けたその何某かが、神や仏の1つの答えになると思われます。


その素粒子は、素粒子よりも小さい素粒子であり、存在しない蓋然性をもち、存在する蓋然性のない、とても存在しているとも思えないが、存在している重なり合った状態をも兼ね備えた、素粒子であり、観測者の観測がなければ、無と言っても等しい素粒子であると私は考えています。


そして、それをリションと私は信じています。



リションとは、素粒子よりも小さな素粒子であり

「現在の素粒子の標準理論に出てくる素粒子も・・・・・・・・、もともとはリションという、さらに根本的、根源的な素粒子から出来ている」

と、何十年も前にハイム・ハラリーという人が言われています。


説得力のある理論ではあるが、実験結果はない理論です。




私は、その理論の信者です!

ただし、さほど詳しくはないです!

だいたい、分かりにくいです!




リションについて私が説明できることは3つです。


1.素粒子であるため、観測者なしでは存在が不安定であること


2.リションの素粒子は「T」と「V」の二種類であること


3.根本的、根源的であること



時空の無い状態、エネルギーや質量が無限大の状態に、リションの概念を踏まえていくと神や仏が宇宙を創造した何某らかの理由がみえてくる気がしてきました。





原子を作ろうと思います。


まず、多くの種類の素粒子の中からアップクォーク2個とダウンクォーク1個の合計3個を取り出します。


素粒子とは、シュレーディンガーの猫の理論による重なり合った状態であるため、あるのかないのか分からない不安定な存在です。


そこで、3個の素粒子のそれぞれの1個が観測者となり、ほかの2個の素粒子を観測する相互関係を行わせることにより、3個の素粒子の存在を確定させ安定させます。


存在の安定したアップクォーク2個とダウンクォーク1個をくっつけると陽子が1つ出来ました。


なにか原子が出来た気がするので、学生のころ使った科学の教科書を引っ張り出して、周期表を見てみましょう。


陽子1個は、水素(H)原子です。


原子を作ることが出来ました。




周期表を見ると、陽子をいくつもくっつけて、103種類もの原子を作ることが出来るみたいです。


せっかくですから、ダイアモンドを作って売りさばき、一儲けしようと思います。

陽子を6個、くっつけてみました。

炭素(C)原子が出来ました。これでダイアモンドが作れます。

しかし、ダイアモンドは高額すぎて、なかなか買い手が見つかりません。


次は、鉄を作ろうと思います。地金屋に売れば一儲けできそうだからです。

陽子を26個も、くっつけてみました。

鉄(Fe)原子が出来ました。さっそく地金屋に売りに行きました。

売れるには売れるのですが、儲けがかんばしくありません。


あれこれ考えて、金を作ることにしました。

これならば確実に儲かること請け合いです。

陽子を76個も、くっつけました。

陽子1個作るのにも、素粒子の存在を確定させたりあれこれ大変なのに・・・

ともかくも、惜しみなく陽子を76個くっつけると、金(Au)原子が出来ました。



科学の進歩した未来の人間は、何もないようなところから、素粒子の存在を確定させて、何でも作れるようになっているかもしれません。




神には多面性があり、絶対神とはその一面である



多面的にとらえるひつようあり



絶対神を求めるなば、それは法則である

簡単な法則 1+1とか醤油を刺身にかけると旨いとかから

理解しがたい哲学や思想、そして宗教の教義も法則の一部であり

法則を読み取り紐解き理解するだけでも

神を観測できる可能性を感じるが、蓋然性は低い


一面のみの法則では、その∞の何某にはたどりつけない


そこで、つぎは原子のなりたちと素粒子、1つの同じ力、リション、そしてその向こうにいる神の存在

神のホントの目的


観測者により観測され存在が確定していき具現化するまで



時間も空間もない状態を考えます。


分かりません。



そこで、アインシュタインの一般相対性理論を拝借します。


だだし、アインシュタインは、無限大を好まない人であったようなので間違っているかもしれない理論と、なり得るかもしれません。



誤解や間違いなど、恐れずに一般相対性理論による理論から時間も空間もない状態とは、何なのか・・・



時空(時間と空間)0=質量(エネルギー)無限大


すなわち


0=∞


時間もない空間もないそこには、無限大のエネルギーや質量があるようです。





宇宙の始まり(ビッグバン)を、時空の膨張が始まる瞬間としたならば・・・


その前には時空が無い状態があり、


それはすなわち、時空は無いがエネルギーや質量が無限にある状態でとなります。





宇宙が始まる前に、エネルギーや質量が無限大にあるらしいです。




時間も流れていない(止まりも早まりも遅れも未来も過去もない)


空間も無い(広いも狭いも大小もない)


のに、エネルギーや質量が無限大



いっきに飛躍して・・・

その∞を私は神と感じています。





絶対神なる神は、創造主であるからにして、ある瞬間、ビッグバンを起こしたもうた。

そして、神は宇宙を想像し、137億年の後、私たち人間を地球にて生活させ、万物の長として君臨させるようにいたされた。




と、神が絶対神とするならば、これもまた創世記。




神は絶対的な創造主であられるからにして、すべてを知っておられる。

私ていどの人間が、風呂も入らず酒を飲んでいることも、

タバコを吸うにもライターのガスが切れることも、

爪が伸びているけど、切るのは今度でいいやと後回しにしてしまうことも、

すべて知っておられる・・・


なぜならばすべては神の決められたことであるからである。

私たち人間に自由の選択肢はない、


なにしろ、いま鼻くそをほじることまで神は決めておられる。



よほど細かく神は、世界を創造された。









時空とは、時間と空間です。



時間とは、11次元のなかで言えば4次元となります。


私たちは、時間をとくに意識することなく生活し生きていますが、おそらく誰もが時間の感覚を認識できていると思います。


例えばタイムマシーンがあるのなら、未来や過去に行く想像を出来る人は多いと思います。

また、時間が止まるその状況も、想像することは誰にでもたやすいことだと思います。

ですから、たとえ非現実的であっても、このいま現在の時間を基準に、未来にも過去にも行くことを想像出来るし、止めることも、早めることも遅くすることも、想像のなかで出来ると思います。


しかし・・・



時間が無い状態を想像できる人は、なかなかいないと思います。


私の感覚では時間は流れている感覚なので、時間を止める想像をするときは、水の流れを塞き止めるように時間を止める想像をすることが出来ますが、時間が無いとするならば、止める時間そのものがないので、止めることも何もできないことになり、想像もできません。

さらに言えば無い時間を早めることも遅くすることも想像できませんし、無い時間の過去も未来も、時間が無いからには、まったく理解すら出来ません!!

時間がない状態を、私は理解することが出来ません!





次に空間とは、11次元のなかで言えば3次元となります。


私たちが今いる、その周りがすでに空間であり、そしてそれは立体でもあります。


空間を広げる想像は、私にはたやすいです。

今、私のいる6畳の部屋を10畳にし、さらに大きく広げて野球場ほどの広さを想像し、日本、アジア、地球、宇宙と、個人差はあるにしても、限りなく広い空間を想像することが出来ます。


空間を縮める想像も、出来る限りの小さい世界を考えればいいですので、ミクロの世界を漠然と想像することができます。



しかし・・・



空間が無い状態を想像できる人は、なかなかいないと思います。


広い空間を想像すると、とてつもなく広い宇宙を私は想像します。

そして、その宇宙の空間は膨張しているらしいのですが、さらに広い空間は宇宙の外なのではないかと考えたことがあります。


ところが、宇宙の外には空間がありません。

空間が無いからには、広くも狭くもありません。


狭い空間の想像の先も同じように、空間がありません。


とてつもなく小さい空間は、空間であることに間違いないのですが、さらに小さい空間を突き止めると、空間そのものがありません。


私には、想像もできない世界です。


空間があるからこそ、広くも狭くも、大きくも小さくもあることが成立するのであって、空間が無ければ、その概念がないことになります。


宇宙の外の空間そのものがない状態を、私は理解することが出来ません!







書きなぐります!





おい!まともな仏教徒たちよ!!



知ってるはずだよね?





この世の、善と悪!!







それがまがいものであることを!


その時代、その場所、そこでの生活慣習、そして様々な宗教により、善悪が変化していく事を!!







どの状況にもいっさい左右されない善悪こそ真理!





真理とは、善悪程度の次元の価値観ではなく!!





万物共通の理であることを・・・






万物共通の理を追い求めよ!!



仏は、そう申されておる・・・





うっさんくさい仏教徒たちへ・・・