家族、私を励ます最も有難い二文字
 
 私の高校3年生の担任の先生だったチョン・オクキョン先生は一生忘れる事の出来ない方だ。YGで練習生生活をしているので出席日数がますます減って、ついに学校ではこれ以上容認ができない状況になってしまった。けれども担任の先生は私と私の夢を信じて下さって、直接校長室を訪れて善処をお願いされた。先生の支援で私は高校を無事に卒業することができたし、ビッグバンのメンバーにも加わる事が出来た。誰かが信じて支えてあげたなら、グレる子供たちはこれ以上生まれないかも知れない。
 
時折夜道をうろつく友人たちを見ると、私の聞き分けのなかった過去が思い出されたりする。両親と先生に反抗して、酒とタバコで理性を麻痺させて、形もわからない世の中の非道と戦う為に両目に毒気を宿していた過ぎ去った記憶たち。
他の人々よりもっと大きな成長痛を経験している友人たちは、実際に苦しむ病人のようだ。私はこんなに苦しいのに、私はこんなに苦労してるのに、誰もいたわってくれないと駄々をこねているだけかもしれない。そんな友人たちには「お前の人生はそんなに良くないわけじゃない」と、「お前の傷は治すことができる」と勇気を与えて治療する人生の医者が必要だ。
 
少し前に具合が良くなくて病院に入院した時、私は久しく忘れて過ごしていた「家族」という存在に対して、改めて有難さを感じた。今日の私がいることができるのは、私を信じて愛してくれる人たちがいるからだ。
実際にずいぶん長い時間、家族たちに労う言葉一つかけることが出来なかった。気持ちはそうではないのに、表現するのが照れくさくてきまり悪く感じられたのだ。1週間に1~2回お母さんが宿舎に来て食事を作ってくださるけれど、スケジュールに追われていて顔をちゃんと合わせる日はほとんどなかった。
病院に入院して私から生まれて初めてお母さんと夜通し話を交わした。その時本当にたくさん考えることになった。お母さんや家族が私を愛して心配してくれる気持ちが、私が思うよりもはるかに大きくて暖かいという事を感じた。なぜ恥ずかしいからと話したい言葉、心の中にある言葉を伝えることが出来なかったのかと後悔した。
それからは1日に何度も家族たちと電話したりメールをやり取りしている。いくら忙しいスケジュールでも、家族とコミュニケーションを取る事はこれ以上「面倒なこと」ではなく「私を再充電する大切な時間」に変わった。
 
本当にありふれた話だか、一緒に過ごすことが大切なのが家族だ。私がいちばん辛くて苦しい時、そのそばで支えてくれる人もやっぱり家族だ。いちばん近いという理由で「次の順番」に後回しにしないで、家族を「一番最初」に考えたらいいだろう。
 
 
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