歪んだ見方では何も捕らえることはできない
「挫折」と「放棄」という単語を私の辞書から追い出した後、私が最も重要だと考えた部分は物事や現象を絶対に捻じ曲げたり、冷ややかに眺めないということだった。
傲慢な態度では飛んでくるどんなボールも捕まえることはできない。それが攻撃の球でも批判の球でも指摘という名前を持った球でも、謙虚な態度でそれを受けて私の成長の糧としていくしかない。「拗ねてやる!」という気持ちでは練習生生活を耐えることはできない。重く厳しい非難と叱責をエネルギーに変えても手にあまる時に、それを歪んで受け入れ始めればとうていうまくやれるはずなどない。挫けそうな心がふっと湧き上がってきた時もそれを我慢して、一時間ほど過ぎた後、もう一度その状況に対してじっくり考えてみれば全く違うように見えるだろう。これは私が経験から得たことだ。
横柄に振る舞ったりむやみに立ち向かうのも問題だが、かたい表情で最初から耳を閉ざすことやはり何の助けにもならない。感情を前面に出してみても私に帰ってくるのは、鏡に反射した同じ感情的なフィードバックだけだからだ。
練習生時期を振り返ってみると、あれやこれやの寂しさや悲しみを克服する事が私にとって重要な訓練だった。険しいといえば険しく、殺伐だといえば殺伐なプロの世界に自分自身のすべてを投じなければならないためだ。大衆に簡単に傷つかないでその中でしっかりと生き残っていく方法、先に積極的に近付いて自分をアピールする方法、必死に目標に近づこうとする態度のようなものは練習生である時に鍛練しておかなければならなかった。
存在自体が薄かった一人の練習生が暗いトンネルを抜け出して、世の中の光を目指し舞台に上がってスターになるということは、ヨモギとニンニクだけ食べて辛抱した熊がついに人間になった心情と似ているだろう。より一層すばらしい姿で世の中に出てこようとするなら、なによりも洞窟の中でさらに一生懸命に学ばなければならない。
だが私を磨き上げるのにも方法がある。誤った方法で、方向性なしに真面目にすることが怠けることよりも、かえってさらに悪い結果をもたらすこともある。
私にとって練習生時期は、私の十代を全て捧げたもっとも貴重な財産だ。本当にその時はしっかりと目を開けて「一生懸命やる」という思いしかなかった。チャンスはたったの一度きり。ここでできなければ家へ帰らなければならない。
先輩たちに叱られて指摘を受ける事は、決して恥ずかしいことではなかった。むしろその時実力を積むことができなくて、あとから後輩達に追い越されて無視されることの方が恥ずかしいことだ。
人生で十代二十代は一生持っていく事の出来る財産を作る時期だと思っている。誰もが私たちの試行錯誤やわずかの失敗に後ろ指を指したりはしない。やれる事は総てやってみて、私が輝くことができる最もきらめく姿で生きよう!その誓いが今日も私に新しいエネルギーを吹き込んでくれる。
