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[スター日記]テソン
“枕に顔を埋めて夜毎歌いましたよ”

グループ ビックバンが初めて世の中に登場した時、人々は「不細工」なアイドルが出てきたとひそひそ話していました。
特にビックバンで(ちょっと)「微笑み」を担当しているテソン(本名 姜大成・22)は自分が出演したバラエティー番組SBS“ファミリーがやってきた”でキム・ジョングクからおおっぴらに「私の時代だったらお前は絶対アイドルは出来なかったよ」と言われるほど素朴な容貌を誇っています。

しかしYGエンターテイメントを率いるヤン・ヒョンソク代表はテソンを見た時「世界が明るくなるような笑顔」とその独特の歌声で彼を抜擢した選択は正しかったのです。
テソンは持ち前の楽天的な性格と親しみやすい容貌で、現在活動しているアイドルスターたちの中で最も大衆に近づいたと評価されているからです。
アジア経済新聞はテソンが歌手として、またショープログラムで認められるスターになるまでの隠された努力や、笑顔の裏の苦しみについて聞いてみました。
彼の幼いころから歌手・演技者として活動中の現在、抱いている未来の夢まで彼の巨大で騒々しい日常を[スター日記]を通して公開します。

「音楽をやる前は運動が好きでした。小学校の時はサッカー選手として活動してたんですが、膝の靭帯が伸びたせいで止めたんですよ。それでも運動が好きで合気道とテコンドーをこつこつ習ったりもしました。」

幼い頃のテソンは「サッカー選手」や「牧師様」になりたい平凡だが夢の多い少年だった。

「母胎信仰を持っていたので牧師様になるという夢も見ていました。だから勉強も一生懸命にやったんですが中学の時“関数の壁”に当たりましたね。どうしてもすごく難しくて理解出来なくて“勉強は私に向いてない”と思いました。(笑)」

平凡な会社員のお父さん、信仰が深いお母さんの下で、彼は学校と塾を行き来する着実な学生時代を送った。だか、彼にも間違いなく思春期は訪れたし隠れていた“気”が目覚め始めた。

「中学校1~2年の時だったか、その頃インターネットカラオケというのがありました。家で毎日ヘッドホンをして歌を歌いながら、学校で受けたストレスを飛ばしていました。夜中に騒々しいと両親からお説教されるので、枕を顔に当てて歌を歌いましたよ。」

枕に顔を埋めて歌を歌うほど歌が好きだったテソン。彼の胸中では次第に歌に対する欲求が強くなった。

「中学校2~3年頃になった時、私の中で歌に対する思いが強くなってお父さんに言いました。音楽プロダクションに入りたいから学院に通わせてくれと言ってね。ところがお父さんはひどく反対されました。親戚の中に歌手になろうとしたがうまくいかなかった方がいましてね。大学に通う奨学生にまでなったのに、それでも歌手として名をあげることが出来なかったんです。それを見ているお父さんは、私が歌手になりたいと言うのを断固反対したんでしょう。」

テソンは苦しい思いを抱き悩んだ末に、自分の能力を見せればお父さんが変わると思った。MBCアカデミーでオーディションを受け合格した後、堂々と“合格証”を持ってお父さんを説得した。

「幼心に学院に合格さえすれば許してくれると思ったんですよ。ところがお父さんが言われた言葉は「金さえ払えば入ることが出来る学院じゃないのか」と、その後は私の顔を見ようともしませんでしたね。親戚たちも私を見ればため息をついて・・・TT。その時は音楽を楽しむというよりは私を認めてくれない家族たちに対する“意地”があったようです。」

お父さんとの冷戦は簡単に終わらなかった。まだ幼い年齢だったが自分を認めてくれない家族たちにあまりにがっかりして家出をすることを決心した。それは一週間で終わったが、誠実だったテソンが家出をするほど音楽に対する思いは何よりも強かったので、お父さんが結局折れたのだ。