7月2日→くじ取り式
京都市役所本会議場に各山鉾町の代表が羽織袴で集まり、
山鉾巡行の順番を決める。
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江戸時代は京都所司代列席のもと六角堂で、
明治維新~明治31年までは京都府庁で、
現在は八坂神社宮司と京都市長列席のもと、京都市役所内の本会議場で行われています。
17日(前祭)と24日(後祭)での巡行順番は、
応仁の乱後500年以上前からくじ引きで決められるようになりました。
というのも、昔は我先に~と先陣きって争う山鉾町が絶えなかったそうで・・・
そこで、公平にくじで決めるようになりました。
しかし、長刀鉾、、函谷鉾、放下鉾、岩戸山、船鉾(以上前祭)
北観音山、橋弁慶山、南観音山、大船鉾(以上後祭)は、
”くじ取らず”と呼ばれ、昔から決められた順番になります。
さらに、菊水鉾、月鉾、鶏鉾は前祭りの9or13or17番目のいずれか、
綾傘鉾、四条傘鉾は7or15番目のいずれかにくじ取り式で決められます。
<前祭>
長刀鉾→山三基→函谷鉾→山・7・山→9→山三基→13→山・15・山→17→山三基→放下鉾→岩戸山→船鉾
<後祭>
橋弁慶山→北観音山→山3基→南観音山→山3基→大船鉾
本日行われたくじ取り式の結果、
前祭の山一番(長刀鉾の次)は占出山、後祭の山一番(北観音山の次)は八幡山に。
幕末の蛤御門の変で消失して以来150年ぶりに復活する大船鉾は、
後祭の掉尾(一番最後)でくじ取らずです。
くじ取ったニャ~~~!!
くじ取り式の後は、山鉾連合会長はじめ各山鉾町の代表者が、
八坂神社に参詣し、祇園祭の無事を祈願します(=山鉾町社参)
