感謝と笑顔がいちばんのお守り
以前のブログでも書かせていただいたのですが、わたしはSさんという、いわゆる霊視や霊能力を使える方にかなり小さい頃から見てもらったりしているのですが、そのなかで気づいたことがあります。
それは、感謝と笑顔は何よりもお守りになるということです。
わたしは神仏が大好きで、神仏の守りがあったからこそ今自分はここにいて生きていると本気で思っています。
そして、それはわたしだけでなくどのような方も、さまざまな形で守られて生きていると思います。
Sさんにはいつも、何か邪魔が入ったり憑いているときは、とても力のある仏様がおられるお寺を教えてくれたりして私を導いてくれます。
なので、自分がどういう時に憑かれているのかが大体わかるようになってきました。
疲れていたり、ネガティブなとき、イライラする時はよく憑かれているね〜と言われることが多いです。
憑かれているから負の感情が表に出るのか、負の感情を出しているから憑かれるのかの順番はわかりませんが、関係しているのは確かだと思います。
※わたしは見えない世界のルールなどは詳しくないので聞き流すぐらいでいてくださいね!
Sさんにおすすめされた神仏にお会いした時に、これがガラッと変わる感覚があります。
それは、自分の内側が感謝で満ちた時です。
そして決まって、それがあった時はキレイに取れているよ!と言われます。
光と闇
感謝をするということは、恩寵恩恵を受け取った(完了)ということでもあります。
そして、その恩寵恩恵はいつもいつでもどこにいても注がれているものだとわたしは信じています。
ですから、どこにいたとしても「感謝」すれば恩寵恩恵を受けたような、幸せいっぱいの状態になるのではないかと思います。
そうなれば、邪や魔物たちの付け入る隙は無くなるというわけです。
そして、そうした邪な存在たちは人間の「感謝」やご機嫌と同居したくないのではないかなと思います。
そして、神仏や眷属さまなどの光の存在たちも、人間のネガティブや不平不満を歓迎しません。
たくさんの人の笑い声をお納めするご神事もあるぐらいですし、笑顔と感謝は光の存在たちにとって喜ばしいことなのだと思います。
光と闇は表裏一体で、
私たちはいつでもどちらも選ぶことができるのです。
どちらが良くてどちらが悪いなんてことは、この宇宙には無くて、何を選ぶかしかありません。
わたしは神仏が好きなので、できるだけそちらを選びたいから選びます。
話がそれましたが、そんな感謝の気持ちでいっぱいで毎日を生きている時に「憑いている」ことは本当にありません。
感謝で満ちている感覚を言葉にするのが難しいのですが、とにかくありがたく、そんなありがたいものを頂いた自分も、ありがたい存在として扱うことができる状態といった感じです。
きっと、ずっとこの状態でいれば、邪な存在に足を引っ張られることもないのだろうとは思いますが……
中々そうもいかないのが現実です。
神仏は前進を望んでいる
よく、Sさんから「神仏を道具のように使ってはいけない」という話を聞きます。
わたしもそう思いますし、道具のように使いたくないと強く思います。
神仏はいつも見守り手助けしてくれていますが、それは神仏の意思のもとで行われるべきだと思います。
わたしは神仏を信じると決めたので、
何かうまくいかないことがあったとすればそれは、神仏が助けてくれなかったわけではなくて、
必要だから起こったことなんだと思うことができます。
そう思うことができることこそが、神仏に出会えて良かった何よりの理由です。
そしていつも不思議に思うのは、もしも邪な存在が足を引っ張るために起こした災難だとしても、結局その根本の原因は自分のこころにあることがほとんどなのです。
そこを無視して、何度も何度も邪魔が入り、その度に神仏に助けてください〜〜なんて事をしていると、そのうち神仏も「この人間は前進する気がないのかな?」なんて気持ちになってきます。
そりゃそう。
わたしは、大好きなお寺でいただいた強力なお守りをいつも首からかけて過ごしていますが、それでも憑かれてしまうことはあります。
それは、そのお守りの力が弱まったりしているわけでは決して無く、わたし自身の行いによって起こった結果なのです。
ポケットの中の「大丈夫」
身も蓋もないことかもしれませんが、わたしは偶然(必然)神仏と出会って、信じて、大好きになったから神社仏閣のお守りで安心しますが、それは神仏に限らないのではないかなと思います。
心から信じて、大好きで、感謝できるものであれば、そこがどんなものであっても最強のお守りなのだと思います。
ひとりひとりの心があるぶん、世界があります。
なので、わたしもSさんのことを信じているし大好きだけれど、SさんにはSさんの大好きがあって、わたしにはわたしの大好きがあることを大切にしようと気をつけています。
お守りがあると感謝ができて、じつはその感謝の気持ちこそが護りになっているとしたら、とってもロマンチックだな〜と思います。
