わたしは小さい頃から、「将来の夢」と言えるような
これといったものがなくて、
幼稚園で書いた将来の夢は「河童スーパーヒーロー」でした。
(きゅうりが大好きすぎて河童になろうとしてましたが、周りの子がプリキュアやディズニープリンセスだったので、スーパーヒーローという役職も追加されました)(周りを気にするところを間違えている)
そんな、もう名前がついているこの世界にすでにあるものに、強烈に「なりたい!」と思えるものが、
わたしには見つけられませんでした。
なんだって選べるはずの、幼稚園児の頃からそうでした。
そしてなんとなく、みんなみたいな「夢」がないことを恥ずかしく思っていて、
一途に何かになろうとまっすぐ走っているひとが羨ましかったです。
やりたいことと、なりたいもの
わたしには、何者かになりたいという強い情熱もなく、かといって何もしたくないというわけでもありません。
何をしたいの?と聞かれると、
やりたい事はあれもこれもいくらでも出てきます。
登ってみたい山もいっぱいあるし、行きたい神社もお寺もいっぱいある。
イラストを時間気にせず描いたり作曲したりゲームしたり……
そしてそれとは別に、
わたしの好きな事が少しでも誰かの助けになってたらいいなという願いもあります。
もうとにかく、「したい事」なんていくらでも出てくるわけです。
だけど、何になりたいの?と聞かれると……
途端に答えられなくなります。
なぜなら、
わたしがしたい事の全ては、
わたしが何者でもなくてもできることばかりだからです。
やりたい事というのは、どこまで行っても「今のわたし」からしか生まれないものだし、
「今のわたし」のレベルから生まれたものは、やっぱりその枠を越えることはありません。
そんな、やりたい事たくさん
なりたいものは「?」
なわたしでしたが、なぜかずっと生まれた時から
何度も諦めてきたようで
諦めきれなかった「夢」のような何か
がわたしの心の奥で鳴り続けて止まないのです。
使命とは
スピリチュアルな本や、YouTubeなどを見ているとよく、
Life purpose(人生の目的)や、
持って生まれた使命などの言葉に出会うことがあります。
わたしもずっとそれを探して、すでに世にある仕事や、それらしい言葉を自分に当てはめてみたりして、あれこれ試しては結局見つかりませんでした。
わたしの探し物は、外側の世界にはありませんでした。
だったら、内側を探すしかありません。
そして、内側の声をひたすら聴いているうちに、いつかどこかで誰かに聞いた声や言葉、
他者との会話の中で生まれたヒントが繋がって、
わたしのやるべき、わたしにしかできないことが浮かび上がってきます。
わたしは、この頃なぜか夢に牛に乗って何か棒のようなものを持ったお釈迦さまが出てこられて、
何かを伝えてくれました。
その、肝心な何かは全く覚えていません!笑
だけど、これから何かが始まるんだという予感がありました。
それからしばらくして、桜井識子さんの宇宙運命数で、魂と縁深い仏様を知るきっかけがあり、
それが弥勒菩薩様でした。
Sさんの勧めで京都の広隆寺さんの弥勒菩薩さまにお会いした時、びっくりしました。
欠けたピースがピッタリとハマったような、輪郭がそのまま心に入っていくような感覚でした。
それまであまりスピリチュアルな発信をされている方のYouTubeなどを見たことがなかったのですが、
この頃から結構興味を持ち始めて、自分からみることが多くなってきた時、
よく「弥勒の世」というワードを耳にするようになりました。
なぜ弥勒?とか、これからっていつから?
みたいな疑問はありましたが、よくわからない納得がありました。
自分のこれまでの歩みと、タイミングと、出会い。
それがなんだか、この言葉とすごく密接にあるような気がしました。
それからしばらくしたぐらいに、Sさんがふと、
「弥勒の世」は、勝手になるんじゃなくて作るものだよ。
とこぼしていたことが、妙に胸に残りました。
そしてそれを私が聞いたことがすべてで、
わたしはそれをすることになるんだろうなと思いました。
決定事項であり、最高のワクワクする未来だとわかってしまいました。
(あともう少し続きます!)
