今回もまた、自死に関するお話の続きになります。
テーマがテーマなので、無理のない範囲で読んで頂ければと思います
地獄に落ちることも、地縛霊になることもないのに、なぜ「自殺がダメ」なのか。
家族が悲しむから?
せっかく授かった命だから?
生きていれば、そのうち良いことがあるから?
私もずっと「死にたい」と思いながら生きてきた人間なので分かるのですが、そんなことを言われたところで「だから、何?」です(笑)
逆にそういった言葉は白々しく聞こえます。
理由もろくに聞きもせず、頭ごなしに「ダメ」と言うのは、たとえそれが「死にたい」という悩みであっても、相手を否定することに変わりはありません。
なので、もし身近な人に「死にたい」と打ち明けられた時、これらの言葉をかけてしまうと、逆に相手の心を閉ざすことになるので、くれぐれも気をつけて下さいね。
少し前になりますが、「死にたいです」とインスタにDMが届きました。
「死にたい」と誰かに打ち明けること自体、「まだ生きていたい証拠」です。
このままじゃ苦しすぎて心が壊れてしまうから、何とかしたくて、勇気を振り絞って打ち明けるんです。
別に死んでもいいのなら、心が壊れたって構わないですから。
実際に自死に至る方は、既にそういった状態にあるので、衝動的なケースが多いです。
直前まで普通に仕事をしていたのに、お昼休みに…とか。
だからと言って、「死にたい」と言ってるぐらいなら大丈夫、という訳ではありませんよ。
毎年、全国で2万人以上の方々が自死で亡くなっていますが、SOSを出した時点で適切な助けがあれば、多くの方たちが自死に至らなくても済んだはずです。
口癖のように「死にたい」という人もいますが、そういう人は、「死にたいと言ってみたら良いことがあった」という、過去の“成功体験”が元になっているのだと思います。
“関わり方”を知らないと、こういった人を量産することになってしまう。
そして「死にたい」とばかり言っていると、実際に“死にたくなるような現実”を引き寄せてしまいます。
「オオカミ少年」のお話のように、徐々に周りの人たちも相手にしなくなりますよね。
そもそも簡単にそんなことが言えてしまうのは、自分のことしか見えていなくて、言われた側の気持ちなんて全く考えていないから。
そのうち本当に独りぼっちになり、本当に死んでしまいたい、となってしまう。
あれ…
ダメな理由を書こうと思っていたのに、「死にたい」と言う方への対処方法のようになってしまいました…
でも、これってとても大切なこと。
「自殺予防を」と言うのなら、「死にたい」と言う本人より、周りの人間の理解の方が重要です。
周りの理解がないから「もういいや…」となるのだから。
そんなわけで、続きはまた次回