一見“ネガティブ”に見える出来事は、よく「中間テスト」などと比喩されるように、“気づき”や“学び”を与えてくれるものです。


様々なところで言われているので、今さら感があるかもしれませんが…


最近そんなお話になったので、取り上げてみようと思いました。



ネガティブな出来事は、“その時の自分”に必要な気づきや学びを与えて、精神的な成長を促します。


でも、それをただ単に「ツイてない」「アイツのせいだ」「どうせ私は…」などとやり過ごしてしまうと、必要な学びに気づくまで、同じ様なことが何度も繰り返し起こるようになっているんですね。


「またこのパターンか…」っていう出来事、誰しもが多少は経験したことがあると思いますが、ソレのことです。


これはもうゲームの設定、“そういう仕組み”なのだと思います。


RPGで、ミッションをクリアしないとストーリーが進まないのと同じですね。


私がこのお話ですぐに思い浮かぶのは、20代の頃の恋愛。


とにかく家を出たいがために、別に好きでもない人とお付き合いしたり、同棲を繰り返していました。



毎回、違和感に気づかないふりをして。

自分がなぜ家から出たいのかにも向き合わず。


恋人や結婚が“幸せの条件”とも思っていました。


自分の軸がなく、いつも相手の言いなり。


そしてそのうち、見過ごせないようなトラブルが起こって破局、のパターン。


実は度々、“小さなヒント”が与えられているのですが、それに気づかずにいると、俗に言う「痛い目」を見ることになります。


「これでどうだ!」と、強制的に向き合わされるんですね。


大体お金が絡んで、「損した」みたいな結果になることが多いかと思います。


事件や事故、病気などのパターンもありますね。


20代の私も、多少「痛い目」に遭っても、頑なに自分自身と向き合うことをしなかったので、徐々に起こることがハードになっていき(笑)


最終的には結構な金額の借金を背負うハメになりました。



最近でも、「学ぶ段階は終わった」というメッセージがあちこちから来ていたのに、それを無視して「まだまだ学ばなくては」と行動せずにいたら、やはりお金が絡んで、いわゆる「損する」結果に。


そこでようやく、「あれ?もう学びは必要ないのか…」と気づくことができたのですが…


何かネガティブな出来事があって損失が出たとき、よく「授業料だと思えば…」と言いますが、本当にそうなんですよね。


でも本来は、繰り返し起こる“小さなヒント”の段階で気がつくことができれば、“授業料”を払う必要はない。


その“小さなヒント”に気づくためには、自分の感覚や感情が重要。


それらを無視するから、「早よ気づけ!!」と、徐々にハードな出来事が起こるようになっていきます。



私自身、この“仕組み”に気づいたばかりなので、偉そうなことは言えませんが(笑)


“その時の自分”に必要な学びを得たら、もう同じことは起きません。


一段階成長して、そのうちまた次の段階に進むための“必要な学び”がやってくる。


なので、どこまで行っても「ネガティブなことが起こらなくなる」ことはないと思います。


ただそれを、“ネガティブな出来事”だと捉えるのか、次の段階へ進むための“学び”と捉えるかで、まったく見る世界は変わってくる。


“学び”だと捉えられたら、それはもうネガティブではないので、そういう意味では「ネガティブなことが起こらなくなる」とも言えます。



ネガティブもポジティブも、表裏一体。

ネガティブなことが起きたとき、ちょっと視点を変えて、「ここから私は何を得られるのか」ぜひご自身の“内面”に向き合ってみてください。


それではまたにっこり



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