1年前、おばあちゃんが亡くなって、突然ひとりぼっちになったチーコちゃん。




飼い猫なのに人慣れしてなくて、猫一倍怖がりで、当初は私が家に行く度に、押入れの中に隠れていました。


慣れてからも、手が怖いのか、力加減が分からないのか…何度も本気で咬まれました。

いちばん慣れていたおばあちゃんにも咬んだり引っ掻いたりだったので、捕まえられないから手術もされず、女の子なのにスプレー癖も酷かった。

「この子には、猫の家族が必要なのかも…」と思っていた矢先に脱走して妊娠、赤ちゃんが産まれました。




子猫との関わりの中で、甘噛みを覚えてくれたチーコちゃん🤣
やっと手術することができました。

子猫は、1匹は里親さんが見つかり、2匹はチーコちゃんのために一緒にいてもらうことにしました。


なので今、家に2匹、おばあちゃん家に3匹、合計5匹の猫のお世話をしています。



保護という名の自己満足。



5匹の猫のお世話。

ただ、ご飯をあげて、トイレ掃除をするだけなら、そんなに大変ではありません。


でも、猫たちのQOLを考えると、甘えたい子にはもっと甘えさせてあげたいし、遊びたい子には、もっと一緒に遊んであげたい。

5匹でもこんなに我慢させているのに、保護活動だと言って、1人で何十匹も抱えている人がいます。


最近クラウドファンディングで、そんな人が支援を募っているのを見かけました。


今まで○年間で○○匹を保護してきた。
でも、スポンサーがいなくなり、家賃が払えず、80匹の猫を抱えて困っているから、数年先までの家賃を支援してほしい、というもの。

その文章の端々には、「こんな状況になったのはスポンサーのせい」「私は正しいことをしてきた」「今まで○○匹の保護をしてきた私は、評価されるべき」というメッセージが滲み出ていましたが、「ミイラ取りがミイラになる」って、こういうことだと思いました。

保護していたつもりが、いつの間にか自分が多頭飼育崩壊を引き起こしている。


そもそも問題は家賃が払えないことなんかじゃなくて、猫のQOLも無視して、個人の限界を超えて猫を抱え込んでいること。

それについての反省が一切なかったので、全く理解していないのだと思います。


これは、「自分の現状や限界を客観的に把握することができない」という、アダルトチルドレンの症状そのもの。

この人は、「猫を保護する」ということにしか、自分の存在価値を見い出せないのかもしれません。

猫のためと言いつつ、猫を利用して自尊心を満たしているように感じます。



猫にとっての幸せ



これと同じように、保護活動をしている人や団体が、限界を超えて保護していたり、猫カフェの経営が行き詰まって多頭飼育崩壊が起こっている、というニュースを目にすることが増えてきました。


すべての猫を救いたい、その気持ちはすごく分かります。

でも、狭い部屋に何十匹と押し込められて、ご飯が貰えるからといって、「野良じゃないから幸せ」と言えるでしょうか。

自分の限界を知ることも、保護する側の責任だと思います。

そしてやっぱり、大切にしてくれる飼い主と出会うことが、いちばんの猫の幸せなんじゃないかな、と思います。


猫を飼いたいけど、「アパートだから」とか「子供がアレルギーだから」とか、様々な理由で飼えない人がとても多いのがもったいないので、あしながおじさんみたいなシステムはどうなのかな、とひらめいてみたり。

でもまずは、とにかく目の前にいる5匹を大切にすることが、私の責任だと思いました。


今の私に、保護猫ちゃん達に何かできることといえば、寄付や情報を拡散する事ぐらいでしょうか…

ということで、私の地元で保護猫活動している猫球さんをご紹介したいと思います。




先日スタッフさんとお話したのですが、みんな人懐っこくて可愛いのに、柄にこだわる人が多いんだとか…


はぁ?
柄なんか関係ないでしょ!?

飼うかどうかは柄次第なんて、純粋な猫好きじゃない。

そんな人は一生猫飼わないで欲しいです。


少しヒートアップしてしまいましたが、フランスの店舗での犬猫の販売禁止、私も賛成です。

日本もさっさと導入してほしいです。



最後まで読んで頂き、ありがとうございました☘️