どうも、木津です。
前回は、「私は正しく見ているだけ」と思っている人について話しました。
浅いものが見える。
雑なものが気になる。
違和感に気づく。
本質が見えてしまう。
でも、その位置に立ち続けると、少しずつ孤独になる。
そんな話でした。
今回は、その続きです。
今日のテーマはこれです。
正しさで人を殴る人。
ただし、これも本人はあまり自覚していません。
なぜなら、本人の中ではこうだからです。
「私は間違ったことは言っていない」
「事実を言っただけ」
「改善点を伝えただけ」
「相手のために言っている」
「ちゃんとした方がいいと思っただけ」
わかります。
たぶん、本当に間違ったことは言っていないんだと思います。
でも、今日見たいのはそこではありません。
正しいかどうかではなく。
その正しさを、何のために使っているのか。
ここです。
正論は、使い方を間違えると鈍器になる
正しさそのものは悪ではありません。
間違っていることを間違っていると言う。
危ないことを危ないと伝える。
改善した方がいいことを指摘する。
曖昧なものを整理する。
これは必要です。
でも、正しいことを言っているからといって、何をしてもいいわけではありません。
包丁が料理にも使えるし、人を傷つける道具にもなるように、正論も使い方で変わります。
相手を助けるための道具にもなる。
相手を黙らせるための武器にもなる。
ここを混同すると、かなり厄介です。
「正しいことを言っている自分」は、気持ちいいです。
相手より上に立てる。
相手の弱点が見える。
相手の矛盾を突ける。
自分は間違っていないと思える。
でも、その気持ちよさに乗った正論は、だいたい鈍器です。
言っている内容は正しい。
でも、相手の逃げ場を全部潰している。
相手の未熟さを丸裸にしている。
相手が立ち直る余白を奪っている。
相手を改善させるより、降伏させようとしている。
それは、もう対話ではありません。
正論による制圧です。
「相手のため」は、本当に相手のためですか
正しさで人を殴る人ほど、よく言います。
「相手のために言っている」
これ、かなり便利な言葉です。
もちろん、本当に相手のための場合もあります。
でも、一回疑った方がいいです。
本当に相手のためですか。
それとも、自分がイラついたから言っているだけですか。
相手の未熟さが許せなかっただけですか。
自分の基準に合わないものを見て、気持ち悪くなっただけですか。
相手が変わらないことに、自分が耐えられなかっただけですか。
自分の正しさを証明したかっただけではありませんか。
ここです。
相手のため、という言葉の中に、自分の怒りが混ざっていることがあります。
自分の不安が混ざっていることもある。
支配欲が混ざっていることもある。
見下しが混ざっていることもある。
なのに、表面だけは「相手のため」になる。
包装紙だけは、やたら上等です。
でも、中身は怒りかもしれません。
その状態で正論を渡すと、相手には刺さります。
届くんじゃありません。
刺さるんです。
今日の処方箋:言う前に、目的を確認する
今日からの処方箋はこれです。
正しいことを言う前に、目的を確認する。
「私は今、相手を助けたいのか」
「それとも、相手を黙らせたいのか」
「改善してほしいのか」
「降伏してほしいのか」
「伝えたいのか」
「勝ちたいのか」
「相手のためなのか」
「自分のイライラを処理したいだけなのか」
ここを見てください。
正論を言うな、という話ではありません。
必要な指摘はあります。
境界線を引く場面もあります。
間違っていることを間違っていると言うべき時もあります。
でも、その前に一回だけ止まる。
今から出す正しさは、道具なのか。
それとも鈍器なのか。
これを確認する。
正しさは、急いで投げるほど武器になります。
少し置くだけで、道具に戻ることがあります。
最後に
あなたが正しさを大事にしてきたことは、悪いことではありません。
雑なものを見過ごせない。
筋の通らないことが気になる。
曖昧なまま進むことに違和感がある。
相手にも、ちゃんと良くなってほしい。
その感覚自体は、必要です。
でも、その正しさが人を黙らせ、自分も苦しくしているなら、扱い方を変えた方がいい。
正しさは、城壁にもなります。
でも、棍棒にもなります。
自分の領土を守るために使うのか。
他人の城を叩き壊すために使うのか。
そこを間違えるな、という話です。
次回は、「正しいことを言えば人は変わる」と思っている人について話します。
たぶん、ここもかなり多いです。
では、最後に。
気付けーーーー!!!!
その正論、だいたい鈍器になってるぞ!!!!
相手を黙らせたいのか、助けたいのか確認しろ!!!!
脳内裁判官を一回閉廷しろーーーー!!!!