どうも、木津です。
前回は、「正しさで人を殴る人」について話しました。
正論そのものは悪くない。
でも、使い方を間違えると鈍器になる。
相手を助けるためではなく、
相手を黙らせるために使っているなら、
それはもう対話ではなく制圧です。
そんな話でした。
今回は、その続きです。
今日のテーマはこれです。
正しいことを言えば、人は変わると思っていませんか。
はい。
これ、かなり多いです。
そして、かなり苦しいです。
なぜなら、正しいことを言っている側は、本気でこう思っているからです。
「なんでわからないの?」
「こんなに筋道立てて説明しているのに」
「どう考えてもこっちが正しいのに」
「普通に考えたらわかるはずなのに」
「このままだと困るのは本人なのに」
わかります。
たぶん、あなたの言っていることは正しいです。
論理も通っている。
事実も合っている。
改善点も見えている。
相手のためを思っている部分もある。
でも、ここで一つだけ見落としていることがあります。
人は、正しいことを言われたから変わるのではありません。
受け取れる状態になったときに、ようやく変わります。
正しさは、相手の扉を勝手に開けられない
正しい言葉には力があります。
でも、その力だけで人の心の扉を開けることはできません。
相手には相手の状態があります。
疲れている。
怖がっている。
自信を失っている。
責められることに敏感になっている。
過去の失敗で固まっている。
今はまだ、自分の現実を直視できない。
そういう状態の人に、いくら正論を渡しても、入らないことがあります。
むしろ、閉じます。
「わかってるよ」
「そんなこと言われなくても」
「責められている気がする」
「もう何も言いたくない」
「この人には弱いところを見せられない」
こうなる。
正しいのに届かない。
すると、言った側はさらに焦ります。
「なんでわからないんだ」
「だからダメなんだ」
「受け取る力がないんだ」
「成長する気がないんだ」
そして、正しさをさらに強くする。
声を強くする。
言葉を鋭くする。
証拠を増やす。
逃げ道を潰す。
でも、それで相手が開くかというと、だいたい開きません。
むしろ、もっと閉じます。
扉に向かって正論のハンマーを振り下ろしている状態です。
開けているのではありません。
破壊しようとしています。
「わかっている」と「できる」は別物です
正しさで人を変えようとする人は、ここをよく混同します。
わかれば、できる。
そう思っている。
でも、人間はそんなに単純ではありません。
わかっていても、できないことがあります。
体に染みついた癖。
怖さ。
恥。
過去の傷。
失敗したくない気持ち。
嫌われたくない気持ち。
変わった後の自分が想像できない不安。
そういうものがある。
頭ではわかっている。
でも、体が動かない。
言葉が出ない。
断れない。
踏み出せない。
やめられない。
戻ってしまう。
ありますよね。
あなたにも、たぶんあるはずです。
早く寝た方がいいとわかっている。
スマホを見すぎない方がいいとわかっている。
運動した方がいいとわかっている。
嫌なことは断った方がいいとわかっている。
自分を大切にした方がいいとわかっている。
でも、できない日がある。
あるでしょう。
なのに、他人に対してだけ、
「わかっているなら、やればいいじゃん」
と言ってしまう。
それは少し乱暴です。
人間は、理解だけで動く生き物ではありません。
体力。
安心。
タイミング。
関係性。
小さな成功体験。
失敗しても戻れる場所。
そういうものがあって、ようやく動ける。
正しさは、その一部でしかありません。
変えたい気持ちの奥に、支配が混ざることがある
ここも見た方がいいです。
あなたは本当に、相手に変わってほしいのでしょうか。
それとも、自分が安心したいのでしょうか。
相手が変わらないと、自分がイライラする。
相手が同じ失敗を繰り返すと、自分が不安になる。
相手が未熟なままだと、自分の世界が乱される。
相手が自分の正しさを受け入れないと、自分が否定されたように感じる。
そういうことがあります。
すると、いつの間にか目的が変わります。
相手が自分の人生を取り戻すことではなく、
相手を自分の納得できる形に変えることが目的になる。
これは、かなり危ないです。
親切の顔をした支配です。
「あなたのために」
「良くなってほしいから」
「間違ってほしくないから」
「ちゃんとしてほしいから」
言葉は綺麗です。
でも、その奥で、
「私の不安を減らしてほしい」
「私の正しさを認めてほしい」
「私の思う通りに動いてほしい」
が混ざっていることがある。
ここに気づかないと、正しさはどんどん重くなります。
相手のためと言いながら、
相手の城に土足で入っていく。
そして、家具の配置に文句を言う。
いや、あなたの城ではありません。
今日の処方箋:変える前に、境界線を引く
今日の処方箋はこれです。
相手を変えようとする前に、境界線を引く。
まず、こう聞いてください。
「これは本当に、私が変えるべきことか」
「相手が自分で気づく領域ではないか」
「私は助けたいのか、支配したいのか」
「相手が変わらなくても、私は自分の城を守れるか」
「私は相手の人生まで背負おうとしていないか」
これです。
正しいことを伝えるな、という話ではありません。
必要な言葉はあります。
伝えるべきこともあります。
境界線を引くべき場面もあります。
でも、相手を変えることまで自分の仕事にしない。
あなたができるのは、言葉を渡すこと。
環境を整えること。
必要なら距離を取ること。
自分の境界線を守ること。
相手がそれを受け取るかどうか。
いつ受け取るか。
どう変わるか。
そこは、相手の領土です。
あなたの支配下ではありません。
ここを間違えると、あなたはずっと他人の城の修繕工になります。
しかも、頼まれていないやつです。
最後に
正しいことが見える人は、たぶん責任感が強いです。
見えてしまう。
気づいてしまう。
放っておけない。
このままだとまずいと思ってしまう。
その感覚自体は、悪くありません。
でも、相手を変えることまで背負うと、あなたの城が荒れます。
他人の人生を管理し始めると、自分の人生が空き家になります。
正しさは、渡すことはできる。
でも、押し込むことはできません。
気づきは、置くことはできる。
でも、飲み込ませることはできません。
相手には相手のタイミングがあります。
相手には相手の城があります。
相手には相手のカラダ様があります。
あなたができることは、相手の城を乗っ取ることではありません。
自分の城に戻ることです。
次回は、「全部わかった気になって、何も変わらない人」について話します。
学びが多い人ほど危ないです。
では、最後に。
気付けーーーー!!!!
正しいことを言えば人が変わると思うな!!!!
それは気づきじゃなくて押し売りになることがある!!!!
相手の城を勝手に改築するな!!!!
他人を変える前に、自分の城に戻れーーーー!!!!