まさか、とは思いつつ、「東電が除染土を再利用」の記事を読み、私は愕然としました。

福島県のサッカー施設「Jヴィレッジ」から出た除染土を東京電力が土地造成工事に再利用したというのです。東京新聞6月21日付け社会面に載っていました。

 

この9年間というもの、福島原発事故による放射性物質が身近な暮らしのあちこちにこびりついていることを、私は覚悟して(覚悟なんかしたくないのに!)受けとめて過ごしてきました。

新型コロナ騒動がきっかけで、この春から庭で畑を始めましたが、庭土にはまぎれもなく福島原発から飛んできた放射能が存在します。だからこそ、せめて少しでも放射能を軽減できないものかと、深く深く土を耕しました。

 

環境省が進める除染土の再利用計画について、私は以前から気になっていました。小泉進次郎環境大臣が、植木鉢に除染土を再利用したというニュースを見たときには、心底ゾッとしました。

除染土の再利用・・・悪魔の所業です。

 

ところがこの記事によると、東京電力はすでに再利用してしまっていました!その利用先については「関係者に迷惑が掛かるので答えられない」そうです。そして東電は自らの再利用事業が「民間事業」であることを理由に、法的には問題ないと!

またしても東京電力による裏切り行為です。

 

原発事故由来の放射性物質とは、不本意ながら、これからも半永久的に付き合っていかなければなりません。だからこそ私たちの知らないうちに、除染土がなし崩し的に再利用されていくこのようなやり方を断じて黙認できません。

久しぶりの投稿です。

2006年1月から細々と続けていたヤフーブログが残念なことに昨年閉鎖されてしまい、こちらのブログに引っ越しとなりました。

使い慣れないことを言い訳に、こちらに来てからは開店休業状態でした。

 

ところがそうこうするうちに、あれよあれよと言う間に、コロナ騒動が勃発!

正直言いますと、今年の3.11は、私の中では影が薄くなってしまいました。反省!

週に1回の食料の買い出しと近所の母の様子確認に外出する以外、滅多に外出することのない毎日です。

今日は雨。一日一回は心がけている散歩にも行けません。

さきほどCDを整理していたら、「チェルノブイリ23年 2009 キエフ ナイチンゲール合唱団」を見つけました。

このCDは、忘れもしない9年前の3.11直後、息子2人と山口県に避難していたとき、宿泊先の方にいただいたものでした。

透明感のある落ち着いた歌声を聴いていると、コロナストレスも和らいでいくような・・。

 

 

 

 

「北方領土を戦争で取り返すしかない」と発言した丸山議員は
今後も議員辞職せず、国会議員の仕事を続けるそうです。
・・・であるならば、ぜひ以下の法案を参考にした法律を作っていただきたい。

       《 戦争絶滅受合法案 》

  戦争行為の開始後又は宣戦布告の効力の生じたる後、
  10時間以内に次の処置をとるべきこと。
  即ち下の各項に該当する者を最下級の兵卒として招集し、
  出来るだけ早くこれを最前線に送り、
  敵の砲火の下に実戦に従わしむべし。

  1.国家の元首。但し君主たると大統領たるとを問わず、尤も男子たること。
  2.国家の元首の男性の親族にして16歳に達せる者。
  3.総理大臣、及び各国務大臣、並びに次官。
  4.国民によって選出されたる立法部の男性の代議士。
    但し戦争に反対の投票を為したる者は之を除く。
  5.キリスト教又は他の寺院の僧正、管長、その他の高僧にして
    公然戦争に反対せざりし者。

  上記の有資格者は、戦争継続中、兵卒として招集さるべきものにして、
  本人の年齢、健康状態等を斟酌すべからず。
  但し健康状態に就ては招集後軍医官の検査を受けしむべし。
  以上に加えて、上記の有資格者の妻、娘、姉妹等は、
  戦争継続中、看護婦又は使役婦として招集し、
  最も砲火に接近したる野戦病院に勤務せしむべし。

       ~~~ ~~~~ ~~~
※この法案の趣旨は、戦争が始まったら、10時間以内に国家の元首・その親族
 (16歳以上の男子)・総理大臣・国務大臣・官僚のトップ・戦争に反対」
 しなかった国会議員や宗教者などは、戦争に行かなければならないというもの。
 しかも最下級の兵卒として招集され、最前線に送り込まれ実戦に従う。

★20世紀の初めに、デンマークの陸軍大将であったフリッツ・フォルムという人が、
 この法律案を作った。彼はこれを各国の議会に送付し、「この法案を成立させ、
 この法案を各国の法律とすれば、世界から戦争がなくなるだろう、それが受け
 合える法案だ」と言ったそうだ。日本でも、長谷川如是閑(にょぜかん)という人
 が、1929年に、『我等』という雑誌の巻頭言で紹介したり、戦後も政治学者
 の丸山眞男が、この法律案について論じている。
裁判員制度がスタートして5月21日で10年になるという。
法律に素人の市民を裁判に参加させるのなら、民事・行政裁判が適当なのではと、今でも思う。
しかし、なぜか刑事裁判に参加させているこの制度。
しかも最高刑が死刑や無期懲役になりそうな重大事件の裁判に参加させる。
死刑制度のある国での裁判員制度!!
当初から疑問点が多かった。最高裁の本当の目的は何か?
良い市民と悪い市民の分断を狙う?
市民参加という表看板のもと、実質は『国家権力の一翼を担わせる』?
市民はけっして権力者側に引き込まれてはいけない。

以下は、ちょうど10年前の拙記事をそのまま掲載。

     ★     ★      ★
今年の5月21日から‘何の修正もしないまま’始めてしまおうという裁判員制度。
もうすぐです。
しかし未だに、裁判員制度に対して、アメリカ映画「12人の怒れる男」を
イメージしている人が多いようです。
先日も新聞の投書にありましたが、「映画を見て感動したから、
裁判員制度もいいのでは」と思い込んでいました。
「12人の怒れる男」で描かれているのは、陪審制です!
日本がスタートさせるのは参審制です。
日本の最高裁は、以前の記事で記したように、一貫して陪審制に反対してきました。
なぜなら、あの映画のように市民が主体的に本気で司法に参加されては困るからです。

最高裁は、真の市民参加には大反対なのです!
あくまでも“市民参加風”の裁判でいきたいのです。
裁判所は主導権を市民に渡すつもりはさらさらありません。
だからプロの裁判官が主導権を握れる参審制にしました。

あの映画の感動に惹かれて、裁判員になってもいいと考えるとしたら、
それは無知による無責任です。
「裁判員になるのを逃げてはいけない」「尻込みせず前向きに引き受けよう」
そういうことではないのです。
たとえばアメリカの陪審制では、検察が持っている証拠は全面開示されますが、
日本は全面開示ではないので、検察が隠せばそれまでです。
この一点だけでも、公正な判断ができるはずもないので、
私だったら絶対に引き受けません。
というか、引き受けてはいけないのです。
また陪審制では認められていない調書裁判も、日本では認められています。

「裁判員になって、がんばろう~」などと言っている人は、
見せかけの市民参加に惑わされています。
真面目で正義感の強い人ほど、結局は『えん罪作り』に加担してしまう
可能性が大なのに・・。

しかも、死刑制度のある国では、初の「司法への市民参加」となります!!
世界広しと言えど、日本だけです、こんな制度。
たしかに欧米のほとんどの国では陪審制や参審制があります。
でもアメリカ以外はすべて死刑は廃止しています。
そのアメリカは陪審制で、原則的に量刑〈刑罰の軽重)判断はしません。
ですから死刑判決を陪審員が出すという場面はありません。

さらに陪審制は、プロの裁判官は加わらず、市民12人による陪審員だけ
で有罪か無罪かを審議します。
12人の意見が全員一致になるまで、時間の制限をつけずに、
とことん論議するのです〈映画のように)。
それにひきかえ、プロ3人と裁判員6人の裁判員制度では、過半数による多数決です。
(ただし、被告人に不利な決定になるときは両者が混じってなければならない)
有罪か無罪かを決めるのも量刑(死刑か無期かなど)を決めるのも、
多数決なのです。
過半数多数決で、死刑判決が下る!!
こんな異常な国、日本だけです。
5月から本当に裁判員制度をスタートさせてしまってよいのでしょうか?
先日のテレビで、まさこさんが古式装束姿でしずしずと宮中祭祀に臨む様子が放映されていた。
まさこさんがこういう儀式に参加するのは、2002年以来のことだという。
まさこさん、本当に皇后になっちゃったのね・・・。
そういえば思い出した、以前に読んだ「プリンセス・マサコ」。
この本は、なかなか日本語版(翻訳版)が出版されず、ちょっとゴタゴタしたいわく付きの本。
まさこさんの皇后着任祝い(?)として、この本の紹介をしようと思う。
以下は、出版を巡るゴタゴタも含めて、古い拙記事の再掲。

【完訳】「プリンセス・マサコ」 ~菊の王座の囚われ人~
          (ベン・ヒルズ著 藤田真利子訳 第三書館) 

時はさかのぼり、2007年5月のこと。
英語に堪能な知人が、「プリンセス・マサコ」を入手したので、
さっそく見せてもらった(読ませてもらったのではない!)。
著者は、オーストラリア人ジャーナリストのベン・ヒルズ氏。
「ヒルズ氏の本をめぐる騒動は、著者にひとつの良い結果をもたらした。
現在この本は、アマゾンの日本版サイトAmazon.co.jpで、一番よく売れている洋書なのだ」
(2月19日の ロイター通信)・・とあるように、彼女もアマゾンで購入したのだ。
立派な装丁で、手にしたら、けっこうずっしりと重い。
表紙は、ピンク色の大輪の菊の花がド~ンと前面に来ていて、その後ろに、
まさこさんがいるが、独特な異様な雰囲気を醸し出している
(細かいことだが、紙の表紙を取り外したら、赤とピンク色のハードカバー
となっていた)。副題は、‘Prisoner of the Chrysanthemum Throne’
意味は、直訳すると「菊の花の王家の囚人」つまり、「皇室の囚われ人」ということか。
ページをパラパラめくってみたけれど、やっぱり読めな~い!!
こういうときこそ、英語ができない自分を情けなく思う。
なので、途中に組み込まれている写真のページに見入った。
ハーバード大学の頃の彼女の元気溌剌としたコロコロした丸顔には、一瞬のかげりもない。
知人は、まだ読み始めたばかりなので、詳しい内容は、あとで教えてもらうことに。
著者のヒルズ氏は、まさこさんの同級生などに徹底的に取材を重ねたそうだ。
名前を出して、証言している部分もあるという。

・・・それにしても、である。
日本語訳を出版する予定だった講談社は、外務省や宮内庁の「事実と違う内容が
書かれている」とかなんとかの批判を受けて、出版を断念した。
日本はこうして世界の人達から笑い者にされる。【知らぬは日本人ばかりなり】・・って。
日本は典型的な後進国だ、表現の自由・言論の自由のない・・・
(あ~恥ずかしい!情けない!)。
「臭いものには蓋をしろ。」「都合の悪いことは、下々の者に知らせるな。」
でも、「読んではいけない」と禁止されると、よけいに読みたくなるのが人情で・・。
6か国語が堪能なまさこさんは、すでにアマゾンで取り寄せて、
一気に読破してしまっているかもしれない(まさか、それも禁止?)。
この本を読めば、まさこさん、今よりも、元気になれるのではないかな。

そして、2007年9月。
待ってました!!「プリンセス・マサコ」日本語版!
ようやく待ちに待った本が出版されました~。
昨日さっそく購入してしまいました。
 【完訳】「プリンセス・マサコ」~菊の王座の囚われ人~
      ベン・ヒルズ著  藤田真利子訳  第三書館 (定価1800円+税)
そしてもう一冊、となりに並んでいたので、ついでに思わず買ってしまった本・・・
   「『プリンセス・マサコ』の真実」~“検閲”された雅子妃情報の謎~
             野田峯雄著   第三書館 (定価950円+税)

「同書は、皇室にべったりとくっつく、もしくは逆に皇室批判へ傾斜していく、
そのようなたぐいのものではない。また、いたずらに皇室との距離の近さを
かかげて誇ったり、ましてや奇をてらったものでもない。・・・・・著者の
ヒルズ氏は、たとえば日本のメディアが目をつむってしまったけれど外国の
メディアが報道してきた、浩宮や雅子妃にまつわるいろんな出来事などを
きわめて丁寧に拾い、それらを、取材を通じて検証し、広げ、かつ深め、
つまり虚構から事実を選りわけて“本当の物語”を紡ごうとしている。
彼は『プリンセス・マサコ』の取材と執筆に15ヵ月間をかけ、この旅程は
日本のみならずオーストラリアやイギリス、アメリカなど5万キロメートル
におよんだという。・・・・・この英語版の06年11月出版からほどなく
講談社から日本語翻訳版が出ることになった。同社は翌07年の3月12日の
発刊を予定。翻訳をベテラン翻訳家の藤田真利子氏に依頼し、同時にヒルズ記述
における事実誤認などを徹底的に洗って原稿校正を何度も重ね、とにかく慎重を
期して印刷・製本の直前にまで進んできた。・・・・07年2月上旬に編集作業
のほぼすべてを終えたという。しかし事態は暗転する。・・・・2月16日、
講談社が出版中止の決定を発表し、せっかく息せききるようにしてつくりあげた
自身の日本語版をあっさりと暗闇に投げ込んでしまったのだ。」 
        (「『プリンセス・マサコ』の真実」まえがきより) 
お気づきのように、今回出版したのは講談社ではなく、第三書館です。
なぜこういうことになったのか、「真実」には、そのいきさつが詳細に語られて
います。講談社の翻訳版では、英語の原文を180ヵ所も削り取られてしまい
ましたが、今回のは【完訳】です!2冊ともまだ読み始めたばかりですので、
しっかり読み終わった後、感想などを記事にしていきたいと思います。
    ・・・・・・・・

一気に読んでしまいました「プリンセス・マサコ」。
う~ん、まず一言感想としては、こういう本が‘日本では’出版しにくい
のは、由々しき問題だということ!!(怒)
当初は、大手の出版社といえる講談社から翻訳版として出版できるはずでした。
それが180カ所にも及ぶ削除と無断書き換えを余儀なくされた上に、
結局は、出版停止に追い込まれたのです!(重大な問題)
著者のベン・ヒルズ氏(オーストラリア人)の物言いは、
たしかに遠慮なくあけすけでズバズバッときます。
けっして上品とは言えない言葉もポンポン飛び出します。
皇室に絶対的な高貴さと上品さを求めたがる人々にとっては、眉をひそめる
表現が少なからず見受けられます。でも、著者ヒルズ氏のまさこさんへの
眼差しは、けっして悪質ではない・・・どころか、人間的なあたたかさに
裏打ちされていると思います。
「自分を生きる」ことが許されず、心身共に打ちのめされているまさこさん
に対して、同じ人間として同じ目線で見つめています。
それにひきかえ、黒衣の男たち(宮内庁の役人)の非情さ・冷酷さ・傲慢さに、
今さらながら「なんとかならないのか」という気持ちになりますが、
象徴天皇制という“究極の無責任制度”を許す私たち一人ひとりの責任でも
あるということを、忘れてはならないのだと思います。
ず~っと読んできて、最終章の10章「めでたしめでたしでは終わらない」
のほんとに最後のくだりを読んでいて、不覚にも私は涙が出そうになりました。

P.345~ 「自殺、という考えてはならないことを除けば、可能性は
3つにまとめられる。離婚する、皇室から逃げ出す、宮内庁を改革する。
最初の選択肢はありそうもない。雅子妃と皇太子はまだ愛し合っているよう
に見える。お互いに愛し合っているし、小さな愛子を愛してもいる。皇太子
が皇位をあきらめるという2番目の選択肢もやはりありそうにない。従順な
皇太子はこれまでずっとそのために育てられてきたのだ。宮内庁から小さな
譲歩以上のものを勝ち取るということについては、過去13年の経験から、
いちばん可能性の低い筋書きだということは明らかだ。・・・・14回目の
結婚記念日が近づくが、雅子妃の行き先は見えない。時代遅れの皇室制度の
ために、そして父親の一族の名誉のために、わが身を犠牲にし続ける雅子妃に、
ほかにとる道はない。数年後に皇后になった時には、それがさらに苦しい茨
の冠であることがわかるだろう。新しい権力が手に入るどころか、生き方へ
の制限は倍加するだろう。・・・・雅子妃は、夫の中世の牛車の図面への
新しい熱意を共有するのが、あるいは、美智子皇后の蚕のコレクションを
さらに繁殖させるためにハーバードで受けた教育を利用するのが、自分の
人生の使命だということを発見するのかもしれない。娘の愛子が成長し、
宮内庁の養育係によって型にはめられ、従順な操り人形となるのを見守るだ
ろう。友人や家族は一人、また一人と離れていくだろう。義務と名誉という
どこも悪くはない概念に屈して、国のために人生をあきらめたあの梅雨の日を、
彼女は後悔して生きていくだろう。」

今のままの天皇制が続くかぎり、彼女が心からさわやかに笑える日は来そう
にありません。天皇制を利用したい人達や無邪気に天皇制にすがる人々に
とって、そんなことはどうでもよいことなのでしょうが・・・。
それにしても、そもそもの始まりは、彼女が皇太子に見初められてしまったこと。
逃れても逃れても逃れようがなかった末に、皇太子との結婚へと向かったまさこさん。
せめて「皇室外交」(これはありえないのだが)が出来るかと思ったけれど、
皇室(宮内庁)はそんな甘いところではなかった
(キャリアなど生かせるはずもない)。
人工授精の第一人者の力を借りて、ようやく授かった第一子は女の子だった・・・。
「お世継ぎを・・」という重圧に苦しめられ、鬱病に・・・(適応障害ではない)。
講談社から出版されていたら、人工授精とか鬱病とか秋篠宮がプレイボーイ
で手が早いとか、ざっくばらんなことはすべて削除されていたわけで、
なので、結果的には第三書館から【完訳】という形で出版に至ったことは、
せめてもの救い(事実を知ることが最初の一歩だから)です。
先日、NHKが「天皇の祖先である天照大御神」と報じていました。
いくらなんでもそれはないでしょう~!
以下もひきつづき、2006年2月の記事からの転載です。

    ☆      ☆      ☆

「2600年にわたる天皇制の伝統」とは、どんなものなのでしょうか。
先日の2月11日は、「建国記念の日」でしたが、昔は紀元節といわれ、
1872年(明治5年)に制定されました。
2月11日は、1872年から2531年前の元旦、つまり、
B.C660年に!(弥生時代!)初代の神武天皇が即位した日とされています・・。
いうまでもなく、これはあいまいなものです。、
また、太陰暦から太陽暦に換算するのは難しく、はじめ1月29日と
していたのを、1872年の10月、太政官布告で2月11日としました。

とにかく明治になって、近代日本にふさわしいようにと大あわてで
創られたのが、「万世一系」の天皇制です。伊藤博文らが、日本人の精神を
束ねるために、近代国家として演出したいがために、創りあげたのが、
「男系男子による万世一系」の『近代天皇制』なのです。
明治以前、つまり江戸時代までの天皇制こそ、『本来の伝統による天皇制』
(京都の御所で密やかに暮らす一つの王家・・・だから、その王家の
暮らしぶりや儀式がどんなに男尊女卑であろうと知ったこっちゃあない)でした。
江戸時代まで日本列島に住む人々の多くは、天皇など知りませんでした。
人々にとって、藩主こそ自分たちのお殿様でしたから。
伊藤博文らは、宮中の奥に引っ込んでいた天皇に目をつけ、
近代日本国家演出のために、天皇に神権的な権威性を与えました。

“天皇に神権的な権威性を与えたこと”
・・・これが「江戸時代までの天皇制」との決定的な違いであり、
『近代天皇制』の最大の問題点です!
国民一人一人が、徹底的に天皇の存在を意識させられ、個人の生き方まで
天皇によって支配されたのです。
明治、大正、昭和と、それこそ命に関わるほど徹底的に!「【現人神】としての天皇」
が日本人に刷り込まれました。天皇自ら「人間宣言」をしたにも関わらず、
お正月の一般参賀で、皇居前で「天皇陛ばんざーい」と叫ぶ人たちを見ていると、
今なおその名残が続いているように思います。
さて【現人神】としての天皇の根拠は、皆さんご存知のように「古事記」と
「日本書紀」とされているわけですが、、この、血を血で洗うすさまじい内容に
ついては、後日紹介するとして・・・。
「神話」を、私は否定するつもりはありません。
文学としての価値、民族の文化遺産としての価値は、貴重だと思います。
しかし、神話を根拠とする『近代天皇制』は、あまりにも非科学的で、
はっきり言って笑っちゃいます!!
生きている人間を【現人神】として崇拝する非合理さは、笑止千万です。

まさこさん、“現代の神話”である「万世一系」の「伝統」に押しつぶされないでー!
「万世一系」という『近代天皇制』の根拠を、「古事記」「日本書紀」の記述に
沿ってきちんと調べれば調べるほど、その根拠は、おぼろげなものになります。
たとえば初代の神武の生い立ちは、いうまでもなく、伝説(神話)そのものです。
2代から少なくても9代の開化までは、「欠史8代」といわれるように、
まったく記紀に記述がありません。
それに、もし本当に9代の天皇がいたとすると、天皇の支配は、
なんと弥生時代(B.C660年!!)にまで、さかのぼってしまいます。
当然ですが、その痕跡を残す遺跡や遺物は、まったく見つかっていません。
それどころか、神武天皇陵は、明治期に突貫工事で小丘をつなぎ合わせて
土盛りしたものだし、3代、4代、5代の天皇陵は、自然丘陵ということが
明らかです。また、9代の開化天皇陵は、古墳時代中期に造られていて、
考古学的に時代が合いません。さらに、10代以降も架空とされる天皇が多い
・・・考古学者の大多数の意見です。
ようやく古代史学者の間で、見解の一致を見るのは、19代以降です。
さらにさらに、その後の「万世一系」をたどっていくと、26代の継体天皇は、
なっなんと!!15代応神の5世孫です。5世孫??なにそれ?ピンときま
せんが・・・つまり《11代前の応神の5代目の孫》ということ。
当時の大王(おおきみと読む=天皇という言い方も明治になってからです)は、
たくさんの側室をもうけていました。景行天皇の場合には、80人の子どもが
側室との間にいたと、記紀に記されています。仮に、大王に10~20人ぐらい
の子どもがいたとして・・・4代目には1000人を超すでしょう。
5代目には???・・・10000人を超えそう・・・・アリャー!はっきり言って、
もう継体さんは、他人でしょう。ここで王朝が代わったとみるべきでしょう。
いや、わずかでも天皇の血を引いているのであれば、O・Kというのであるなら、
つまり誰がなってもよいわけで・・・。まして、このころ(5世紀後半)は、
波乱の時代でした。はたして11代前の天皇の5代目の孫を捜し出せるものでしょうか?
うーん、疑問はつきません。まさこさんは、これらのことについてどう考えるかなあー。

   参考文献  「『日本』とは何か」 網野善彦著 講談社
         「まんが 日本人と天皇」 雁屋 哲作 いそっぷ社
         「女性天皇論」 中野正志著 朝日新聞社
         「GYROS ♯4 天皇制と日本人」 勉誠出版
昨日から今日にかけてのテレビの異様な改元報道に、気が滅いります。
前記事につづき、以下も、2006年2月の記事からです。

     ☆     ☆     ☆

きこさんが、第三子を妊娠されたとのこと、おめでとうございます。
小泉首相は、このタイミングで皇室典範改正を断念したようですが、
うーん残念・・・。
女系天皇を認めるか認めないか、と言う大きな分かれ道でしたが、
とりあえず今のままと言うことでしょう。
象徴天皇制は、再確認しますが、一夫一婦制で「理想の家庭」と
いうことが大前提にあります。
「男系男子による万世一系」にこだわるのであれば、
たとえ理想の家庭像は崩壊しても、一夫一婦多妾制と華族制度の復活が
必要となるのです。
この“大いなる矛盾”をとりあえず先延ばししようということでしょう。

さて、あまりマスコミでは取り上げていない宮中祭祀の問題。
宮中祭祀とは、主に皇居内の宮中三殿(賢所、皇霊殿、神殿)
で行われる天皇家の祭りのことです。
天皇が出席するものだけでも、年に25回以上あるそうです
・・私たち下々の者には知らされていませんが。
このうち天皇が自ら行う祭祀は、13個です。
新嘗祭、神嘗祭をはじめとして、元始祭、紀元節祭、神武天皇祭、
春秋二季の神殿祭、皇霊祭・・などなど(皇霊祭などは一般で言うところの
法事みたいなものか?)。
特に11月23日の新嘗祭は、最も重要で、女性は出席できません。
(大嘗祭は、天皇の代替わりの時に行われる即位してはじめての新嘗祭)
秋に収穫した穀物を皇祖神に供えて、一緒に食べるというこの祭祀では、
穀霊が女性とされています。
生産する力、生殖する力をそなえた女性の霊格とされるそうで、
だから、その祭祀を執り行う天皇は、男性でなくてはならないというわけです。
また、女性は汚らわしく、祭祀を執り行えないという価値観が宮中では
今なおあります。女性は、生理中(8日間)は宮中三殿に上がることはできません。
皇后は生理になると、どんな祭祀でも出席しないそうです。
こう見てくると、やはり女系は無理そうですね。

でも、もう一歩論を進めると、これら数々の祭祀のほとんどは、
明治になってから創られたという事実を私たちは、きちんと知るべきです。
天皇が自ら執り行う祭祀13個のうち、新嘗祭と神嘗祭以外の11個は、
明治期に新しく創られた!!(発明された)のです。
だから、女系・女性天皇に合わせて、また新しく“古式ゆかしい伝統”
を創ればいいのではないでしょうか。

皇室典範論議を先送りせず、女系をこの際、認めちゃいましょう。
そのほうが、まさこさんも踏ん切りがつくと思います。 

女性皇族は、生理中は宮中祭祀に出席できない・・・これは、
女性を不浄のものと見なす価値観です。
宮中内では、今なおこういう価値観が、はびこっているようです。
天皇家では、女性が生理の場合、「汚らわしい」と、
お風呂は最後にされてしまうのかな?
我が家では、全く気にしないというか、生理なんだから、
なるべくきれいなお風呂がいいという考えです!
だから「一番風呂」にどんどん入ります!
「汚らわしい」なんて言わせません!!

さて、現天皇は1989年の即位の時に、「朝見の儀」において、
日本国憲法の遵守を誓いました。
この発言に、戦前のような天皇制の復活を望む人々は、がっかりしたそうです。
日本国憲法の遵守・・・つまり「国民主権の下での象徴天皇制」
を遵守するということです。
現天皇は、国民の意のままに従いますと、言っているのです。
皇室に対して、“理想の家庭像”を望む国民の声が、
圧倒的に多いわけですから、当然“理想の家庭像”優先で行くべきです。
「男系・男子・万世一系」優先は、“理想の家庭像”を崩壊させます。

まさこさんは、この「両立が超困難なこと」を求められ続けててきたわけで、
体調を崩してしまったのは、当然といえば当然です。
まさこさんは、もともとは健全でまっとうな価値観を持っていたと言うことでしょう。
天皇家に嫁ぐにあたっての読みは、残念ながら甘かったとしか言いようがありません。
今日は、2019年4月30日。
明日は、 2019年5月1日。
ただそれだけなんですけど。

以下は、2006年2月3日の“思想犯的な”記事。

2年以上の長きにわたって、体調を崩しているまさこさん。
皇太子妃がこんなにも長い間公務に就けないというのは、
「万世一系」始まって以来の重大事かもしれません。
週刊誌のタイトルには、「離婚」の文字が躍るようになってきました。
妃の唯一にして最大の公務が、「お世継ぎ」を産むことであり、
「万世一系」そのものが皇室の存在意義であるならば、
まさこさんにのしかかる重圧は、想像を絶します・・・・。
国会に皇室典範改正の法案が提出されるようで、これに関わって、
政治家(ほとんど男性)たちが、勝手なことをしゃべっています。
現代の皇室に求められているのは、理想の家庭像です。
もちろん一夫一婦制です。
それが象徴天皇制ということです。
それなのに、皇位の継承については、「男系・男子・万世一系」となって
いるわけです。これは矛盾しています。
両立が無理なことは、はじめからわかっていました。
美智子皇后が、乳母制度を廃止して、母乳で育て、
はじめて親子同居に踏み切ったのですが、一夫一婦制になれば当然のことでしょう。
それ以前は、側室の子が多かったのですから、親子同居はギクシャクしてうまく
いかなかったのではないでしょうか?
そこで、まさこさんの幸せさがしのために、
私がタブーをものともせず、提案しましょう。
世界のどこか超秘境に(そんなとこあるわけないか)、
皇太子さん・まさこさん・娘さんの3人でにげちゃうのです
(皇籍離脱は認められていないので覚悟の逃避行になる?)。
もしくは、まさこさんが皇室から離れることです。
つまり離婚です。
娘さんを連れてということは、まず不可能でしょう。
本当につらいでしょうが、これが決断できるかどうかです。
もし私だったら、子供の年齢にもよりますが、正直わかりません。
今が一番かわいい年齢ですから、ほんとにむずかしい・・・・。
でも私は、皇室に嫁ぐ以前の颯爽としたまさこさんに戻ってほしいなーと、
思ってしまいます。
いまさら私が言うまでもなく、彼女のキャリアはすごかったのです。
「ああ、もったいない」の一言です。そして「皇室ってねー、ホントに
大変なところだったのよー。しきたり、伝統、わけのわからない儀式とか、
想像を絶する世界だったわー。」だなんて・・・。
でもまさか、イギリスのダイアナさんのように、
謎の死を遂げさせられる??なんてことはないですよね。

さて大切なことを確認しましょう。
「お世継ぎ問題」は、起きるべくして起きたということです。
「男系の男子継承が、万世一系の日本の伝統」といいますが、
一婦一夫多妾制がこの伝統を支えてきました。
「歴代の天皇は、皇后のほか、妃、夫人、女御、更衣ら多くの側室を持つ。江戸末期からの天皇の配偶者を見ると、光格天皇は8人、仁孝天皇は7人、孝明天皇は4人、明治天皇は7人いた。江戸時代の115代桜町天皇から明治天皇に至るまでの連続8代の天皇の母は側室で、彼らは嫡子ではない。後の大正天皇も、側室の権典侍との間に生まれた庶子である。」(「女性天皇論」中野正志著、朝日新聞社より)
  世の中の動きに、今、様々に不安感を抱いている人は多いのではないでしょうか。
  不安感は、どちらかと言うと「情緒的感情的」なものです。
  不安感があまりにも大きくなると、もうどうにもならないと、
  現実から目を背けたくなり,【思考停止】に向かいがちです。
  それに対して、危機感は、「理性的」で冷静さを保とうとします。
  まっとうで適切な危機感を持たなくては、と思います。
  そうでないと、世の中の動きにただ飲み込まれるだけでしょう。


実はこの文章↑は、2006年1月16日(ブログ立ち上げの日)に書いたものです。
ヤフーブログが、終了してしまうというので、どうしようか悩んでいて
ブログの最初の頃を久しぶりに目を通していました。
今もそうですけれど、やっぱりエラそーに、上から目線な文章ですね。

しかし2019年の今、不安感と危機感はますます募るばかりだ・・・。
今さら私などが指摘するまでもないことですが、
元号は、権力者が人々のその時間をも支配する巧妙なシステムです。
テレビをつけると「平成最後の~~」のオンパレードで、
本当に気分が悪くなりますょ・・・。
5月1日以降は、「令和最初の~~」があちこちで聞かれることでしょう。
それにしても、「令和」がまさに、安倍の一声で、3月27日に提案され、
ドタバタでチャッチャと決まったとは・・・。何という軽さ。
あまりにも馬鹿馬鹿しい~!
(もちろん重ければ良いということではなく)

以下は、本日の天木直人氏のメルマガです。

【「令和」は安倍首相と中西進氏の合作だったことを認めた読売】 

私が元号「令和」について書くのはこれが最後だ。
読売新聞が令和決定の背景についての特集記事を三回に分けて連載を始めた。
その第一回である「令和改元 上」がきのう4月27日に掲載された。
そこには、今年3月の時点で、安倍首相が、古谷一之官房副長官補が
挙げてきた新元号案のリストを見た上で、「ほかにも元号案を出して
もらえないか」と難色を示したと書かれている。

新元号決定日が4月1日と差し迫った中で、古谷官房副長官補が
土壇場で頼ったのが万葉集研究の第一人者として知られる中西進国際
日本文化研究センター名誉教授だったと書かれている。

そして、3月27日に新元号についての極秘会議が首相、菅官房長官、
杉田和博官房副長官らの出席のもとに開かれ、古谷官房副長官が新た
に取りまとめた案が説明され、その中に中西進氏が政府の追加依頼に
応じて考案した「令和」があったという。

かくて「令和」4月は1日の懇談会に示された6案の一つとなり、
懇談会ではほぼ全員が令和を推して決まったのだ。
読売新聞が4月1日2日に行った世論調査で、62%が令和に
「好感を持っている」と答えた事を知った安倍首相は、
「大成功だ」と手放しで喜んだという。

以上が、読売新聞の令和決定に至る検証記事の概要である。

これを要するに、令和は安倍首相と中西進氏の合作であり、
発表された4月1日のわずか3日前に安倍首相の一声で決まった
ということである。
これがすべてだ。
それにしても、ここまで詳しく読売新聞が令和決定の経緯を公開して憚らない。
誰もそれを批判しない。
驚くべきことである(了)