プレスアイゼンバーンから1980年代に出版された「アート・オブ・ブラス」に、クマタ貿易の創業者である熊田晴一氏の非常に興味深い解説文がある、というのは噂に聞いていたのですが、恥ずかしながら小生、実際に読んだことがありませんでした。
 
最近、やっと、その文章を読む機会を得て、驚愕しました。ものすごく面白いのです。そもそも日本製ブラスロコの盛衰を、ビルダーやエクスポーターの立場から書いたものは皆無に近いですから、その内容だけでも貴重な記録なのですが、加えて氏の文章力は驚くべきものです。山あり谷ありのたいへんな半生を振り返っているのですが、困難に向かいながらも胸を張って前に進む姿が、凛とした文体で綴られている上に、根底には暖かいユーモアが流れています。
 
原文は英語で書かれています。以前にも触れたのですが、生粋たる大和民族の小生、英文だとどうしても頭の中心に入ってこない感じがあって、表面的にしか理解できません。この名文を隅々までしっかりと味わいたかったので、全文を日本語訳してみました。もちろん著作権の問題がありますから、ブログに掲載することは考えていませんでした。まったくの個人的楽しみとして、持っておくつもりでした。
 
ところが実際に訳して日本語で読めるようになると、この文章を1人で持っておくのは本当にもったいない、米国型ファン、ブラスモデルファンのみならず、多くの鉄道模型愛好家に広く読まれるべきだと強く思ったのです。本そのものは、マーケットサイズからみて、今後再版されることはまずないでしょう。戦後日本に花開いた、ブラスモデルという奇跡のようなアートと、それをつくりあげたアントレプレナー達の物語を、誰かが後世に伝えなきゃならない、デジタルで個人が情報を発信できる時代だから、それを自分がやっても、おかしくはないのではないか、と思ったのです。
 
そうなったら行動です。残念ながら、著者の熊田晴一氏は1993年に亡くなっているのですが、幸いなことに、熊田氏のお嬢様と連絡がとれました。親切にも、彼女がお兄様、お姉さまにも連絡をとってくださり、結果、3兄弟がブログへの掲載を許可してくださいました。ご厚意に深く感謝する次第です。プライバシーに関することなので、お嬢様にうかがった話の詳細を書くことは控えますが、彼女の優しく温かい語り口から、熊田氏のお人柄がしのばれる心地がしました。
 
一つだけうかがった話を紹介させていただくと、熊田晴一氏は英語が堪能で、この文章も最初から英語で書かれたものなのだそうです。あまりに流暢で、なおかつ、ここそこに暖かいユーモアが感じられる素晴らしい文章なので、小生、てっきり日本語で書かれたものをプロが翻訳した、と思っていました。最後にネイティブにみてもらった、とはおっしゃっていましたが、これだけの文章を英語で書ける人がいるのだなあと、本当にびっくりした次第です。
 
さて、ご存知のとおり「アート・オブ・ブラス」は2巻からなります。第1巻は1982年の発刊で、クマタ貿易の製品が網羅されています。本文中にありますが、同社は製造・輸出した全ての製品につき、1台ずついわゆるキープサンプルを持っており、これを撮影したものだそうです。第2巻は1986年の発刊で、こちらは約30のビルダーの製品が網羅されています。第1巻、第2巻ともに、熊田晴一氏による8ページの序文が掲載されています。
 
なお、以前掲載したPFMのドン・ドリュー氏の回顧録には、適宜小生が選んだ広告や解説文を入れましたが、今回はそもそも写真集の序文ですから、余計なことはしません。純粋に文章を楽しんでいただければと思います。序文とセットになっている写真がご覧になりたい方は、中古市場を丹念に探せば、高価ながらみつからないことはありません。今も、Brasstrains.comに第1巻が出ています。195ドルもしますが。あと、これを熊田晴一氏が執筆なさったときには想像すらしなかった楽しみ方でしょうが、ネットで文章に出てくる製品の写真を探すのも興味深いと思います。
 
ところで、余計な写真は載せない、とは言ったものの、熊田氏への尊敬と敬愛を込めて、氏のお写真だけはどうしても1枚、掲載したいと思いました。残念ながら、熊田氏の写真はネットで検索しても出てきません。そこで、手持ちのBrass Modeler & Collector1992年1月・3月号に掲載された写真をお借りしました。ピーター・ダケット氏という、オーストラリアのモデル・ドックヤード社の社長による記事で、氏が196010月に日本を訪問して、最初に熊田氏と会ったときの写真だそうです。さすがに著作権者とは連絡がとれませんので、無断借用をご容赦下さい。なお、クマタがこのモデル・ドックヤード向けにつくったベイヤー・ガーラット機関車の価格の話が、本文に出てきます。
 
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さまざまな日本人登場人物のお名前は、全てローマ字で書かれています。皆様の協力も得ながら、漢字名を見つけつつあるのですが、まだわからない方がいらっしゃいます。全ての方が判明するまで待っていては、いつまでたっても掲載できないため、とりあえずカタカナのままの方がいることをお許しください。もしカタカナ表記部分の漢字名をご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひコメント欄を通じてお知らせ下さい。掲載から時間がたっていても大丈夫です。わかった時点で、適宜修正していくつもりです。
 
なお、小生は翻訳の専門的訓練(そんなものがあるのかどうか知りませんが)を受けたわけではなく、英語が上手なわけでもないので、訳はまったくの自己流です。もし熊田氏の真意がうまく伝わらない部分があるとすれば、小生に責があります。何とぞ寛大な気持ちでお読み下さい。また、誤りについては修正しますので、ぜひお知らせください。リリースしてからも修正できるのは、デジタルメディアの強みですね。
 
最後に、いつもでしたら、お気に入りのグラスにウイスキーを注いで、と書くところですが、この文章に限っていえば、お酒なしで、ちょっと背筋を伸ばして、読んでいただいたほうがいいかもしれません。小生が味わった感動を、皆様にも味わっていただけるといいなあ、と思います。