彼があたしの隣を歩いている。


結婚したら、恋なんて二度としないものだと思っていた。
他の人を好きになるなんてありえない事だと思っていた。
そのくらい、夫を愛していた…。
だけど、愛情はなくなって…情だけになり、その情すらなくなり、憎悪になった。



昔みたいに、あたし、こんなにトキメイている…ドキドキしてる…きっと顔も赤くなってる…。



仕事中の彼は無口だけど、普段の彼は(特にお酒を飲むと)、明るくて、おしゃべりで、親父ギャグもいうような楽しい人だった。
そんなギャップにあたしは更に彼を好きになった。



「あたしね…あなたのこと…ずっと好きなんだ~。初めて会った時からね…へへっ。知ってた?」



「…うん。なんとなくそうじゃないかなって思ってた…。他の人は全然俺に話しかけてきたりしなかったけど、君は一生懸命話をしようとしてくれただろう?気持ちは嬉しいよ…ありがとう。」



「…うん…。」



「でも…俺も君も結婚してるし…。どうしようもできないでしょ?俺のせいで離婚でもされたら困るし…」


「うん…」



「それに人を好きになる時って、出会った瞬間感じるものがあるじゃん?君の事は…どちらかといえば可愛い方だし、一緒にいるとドキドキもするけど…たぶん好きにはならない。」



「どうしても…?」



「わかんないけどね…」



「そう…。」




だけど…結局…あたし達は、3回Sexをした。



最初は、二人とも酔った勢いだった。
二人で居酒屋で飲んだ後、彼の部屋に行った。
もう、奥さんが出て行った後のようで、テレビ、冷蔵庫、布団、洗濯機、ノートパソコン。
そんなものしかなく、しんとして寂しい部屋だった。


彼は電気を消して、あたしにキスをした。


?!


あたしは驚いた。


そうか…男は…好きでもない女とこんな風にできるんだな…。


ただ、酔っていたから、好きな人に抱かれた感動は薄く、終わった後…頭の中を「どうしよう」が渦巻いていた。


そこへ…夫から電話。


夫には友達の家で飲んでそのまま寝てしまった事にした。


「おまえさー!電話くらいしろよな!仕事休もうかと思ったよ!」



なんだ?えらそうに…。
おまえなんかいっつも電話もしてこないし、かけても出ないし、朝帰り…どころか昼帰りしてるくせに…。
子供が急に熱出した時だって
「さっさとパート休めよ。どーせパートだろ。」
と。

会社の決まりで、休むことはできず、休む場合は代わりを自分で探さなければならないのを知っているくせに!


仕事休む気もないのにえらそうに言いやがって!


「ごめん…。今度からちゃんと電話します。」



おまえなんか、自分じゃなんもできないくせに。
子供の面倒すら見れないくせに。
元夫にあたしの給料を盗まれた時。
あたしは…頭のてっぺんから、ボロッ…ガラッ…ガラガラーッと…音を立てて、崩れてしまった。

我慢してきた事が…
積み上げて来た物が…
努力が…


そして、ピンッと張った気力の糸が…


ブツン
と、切れた。


その後は、開けてはいけない箱を開けてしまったように
ブワーッ!
と何かが溢れ出してしまった。



憎悪
妬み
復讐心
などという汚れたもの全てが…


ドバッ…


と吐き出された。


もう、全部壊れてしまえばいい…
もう、他人の事ばかり考えて、他人の為に尽くすのはやめた…
思いきり傷つけばいい。
どいつもこいつもヘラヘラした笑顔、思いっきり歪ませて、泣いて…落ちていけばいい…!



周囲の方達に、協力してもらってなんとか稼いだお金。
必死で返した借金…。


ようやく借金が終わって、並の生活ができるのだな…と安心した矢先の出来事だった。



もう、この人には情すらない…。



あたしは以前からいいなと思っていた職場の男性にあたしは近づいた。
だが、彼とはほとんど口を聞いたことがない。
仕事中の彼は寡黙で、仕事に集中していて私語はほとんどしない人だった。
彼はあたしより6才年上で、奥さんがいた。
でも、離婚するらしいと噂で聞き、噂話は好きじゃないから本人に直接聞いてみた。


離婚することは本当で、仕事も辞めるのだと言った。

それを聞いたら…あたしは自分の気持ちを抑えることが出来ずに…これまたドバッと吐き出してしまった。

職場の飲み会が開かれた日の事。
結婚してから初めて、子供を置いて、飲み会に参加した。
それまでは子供を置いてお酒を飲みに行った事など一度もなかった。
子供を置いて友達と遊びに行ったのも一度きり。
普段子供に無関心な夫に、子供を預けるのは不安もあったし、なにより夫が1番不安がった。


「ご飯はどうやって食べさせる?
俺一人でどうやって子供を風呂に入れればいい?
何時に寝かせればいい?
何を着させたらいい?」


もう娘は4才…。
返事も出来るし、会話も出来る。
体も一人で洗えるし、お風呂の後何に着替えるか、自分で準備も出来る。
いつまでも赤ちゃんじゃないんだよ…。


「ご飯の量は?どのくらい?」


「…そんなのどのくらい食べる?って本人に聞いてよ…っ!あたしもう行くから…お願いします。」


振り返ると、娘も不安そうな顔をしていた…。


どんなにあたしが恐いママでも、しつけに厳しくても、娘はあたしにべったりだった。



飲み会では、子供がいないせいで、随分飲みすぎた…。外でお酒をあんなに飲むなんて…何年ぶりだろうか?
結婚してからだから…5年ぶりか…。



あたしは気持ち悪くなり、寝るわ、吐くわ、絡むわ…最悪な状態になった。


たぶん…夫に対するストレスと…好意を寄せる彼が、離婚して仕事を辞めてしまう寂しさも、これだけ酔った原因だろう。



帰り道…気付くと、彼があたしの自転車を押しながら隣を歩いていた。
彼の家は全くの反対方向なのに…
何度も、何度も、あたしのお金を盗んではスロットにつぎこむ事を繰り返す元夫…。


「ちゃんとお金管理してないからじゃない?」


「あんたも家に金目のもの置いとかないようにしなさいよ。」


なんてさ、皆言うんだよ。義母、友達、母もね。


家が駄目ならいったい何処に通帳やカードや印鑑をしまっておけばいいの?
家にお金を置いとけないなら、どうやって買い物に行けばいいの?
毎日払う延長保育料はどうすんだ?
通帳やカードも持たず、財布も持たず、どうやって生活するのだよ?



延長保育料は毎日400円を子供に持たせる。
しかも基本お釣りのないようにしなければならない。だから、100円玉と両替用に千円札を数枚缶にしまっている。
だが、彼は…
子供のお金の、数千円でも…数百円でもむしり取るのだ。
隠してあるのに、よく見つけるものだ。


もう、いよいよ食べ物がなくなり、買えなくなった。財布の中身はわずか数百円…。
それでも盗まれまいと、毎晩布団の下に財布を隠して眠った…。



通帳やカードや印鑑と、いくらかの現金は、全面的に信用している母に預けた。


2009年1月。
ようやく正社員で働きだした会社を辞めた。
1年の間で6回目の辞職。
ある日突然、会社の人がやってきて、元夫が無断欠勤していることを知った。
彼は会社に行っているふりをして、ファーストフード店やマン喫で時間をつぶしていたらしい。
結局、会社に連絡する事もなく、そのまま無断退職…。
バックレだ。



辞めた理由は…



「何の為に働いているのかわからなくなった。」



だそうだ。



「俺が頑張ろうとすると、おまえはいつも俺のやる気をなくさせるような事を言ったり、やったりする。シャツはアイロンかけてくれないし…だから俺は自分の金でクリーニングに出してるんだぞ!靴下が穴あいていても新しいのを買ってきてくれないし。全く愛情が感じられないんだよ!家族の為に働いているのにおまえには冷たくされるし、何の為に働いてるのかわからない…。だから会社に行きたくなくなって辞めた。」


他の人はこんなことを言われたらどう思うのだろう?
彼になんて声をかけるだろう?



とてもあたしには優しい言葉をかけてあげるような気持ちの余裕はなかった…。


彼のSOSはよーく分かる。
甘えたい。
優しくしてほしい。
愛してほしい。
抱きしめてほしい。
笑ってほしい。


そう思っていただろう。


だが…あたしは爆発してしまった…。
あたしも結婚してからずっと耐えて来たんだ…。


給料が18万で、借金が200万。
毎月返済が6~7万で、元夫の携帯料金が毎月4万。
欲しいものは全て我慢。
お腹が空いても我慢。
化粧品も買わずいつもすっぴん。
化粧水1本も買えなかった。
持っている服はもう10年物揃いで、穴ぼこだらけでも我慢。

それでもあたしは決して、不満や文句を彼には言わなかった。



友達と遊ぶことも出来なかった。

元夫は平気で夜中から遊びに行き、朝帰り。
無断外泊も平気でやった。休みの日もほとんど家にはいないで、遊びに行ってしまっていた。


それを彼は真剣に


「俺は働いてるんだ!おまえは働いてないだろ!俺が養ってるんだ!とやかく言われる筋合いはない!」


と思い、言った。
売り言葉に買い言葉では決してない…。
(本当にそう思っていたのだ…と、後に本人も当時を反省し、話していた。)



我慢我慢我慢我慢我慢…。
節約節約節約節約節約…。
仕事仕事仕事仕事仕事…。
家事家事家事家事家事…。
育児育児育児育児育児…。
そんな毎日…。
そんな人生…。
楽しめなかったよ?
全然!



働いても働いてもお金盗まれてギャンブルに注ぎ込まれて…愛情なんか持てるか!
優しくできるもんか!


やる気をなくさせる?
それはこっちの台詞だ!


さぁ、子供の為にも頑張ろう!くよくよしてられないよ!


と思い直す度に仕事を辞めて帰ってくる。
テンション下がりまくるわ。



アイロン?
10枚以上もあるシャツアイロンかけてる時間ないわ!働いてないんだからそんくらい自分でやれ!


靴下に穴?
家でゴロゴロしてるなら自分で買いに行け!


毎日弁当作って
子供送って
仕事行って
子供迎えに行って
買い物行って
帰ったら7時
洗濯しながら夕飯の支度
夕飯食べて
皿洗い
掃除して
子供お風呂入れて
寝かせる


ここまで終わって、気付いたらもう11時よ!


それから、翌日の子供の持ち物準備して、お米研いで、洗濯物たたんで…アイロン



日祝は子供誰かに預けて働いてるよ!
肝心の父親は昼までぐーたら寝ていて自分の子供ほったらかしだからね頼めない!



それでこんなこと言われても無理っ!



でも…本当は…
本心はそんな事が言いたいんじゃなかったんだよね、彼は…


あたしを許せないからだ…。


あたしがしたことで、自分を情けない人間だと思い知らされ、自分のしてきたことを責めているからだ…。


でも、自分のせいだと認めたくもない。
男のプライドがあるから、あたしが全部悪いことにして、謝らせ、泣き付いて欲しいのだ。
もちろん
あなただけが悪かったんじゃない。
あなたと同じくらい
あたしだって酷かったんだ…。