昨晩、ドキュメンタリー映画『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~ 』の主人公、

Abdel Basset al-Sarout、バセットが亡くなったということを知ってから、ずっと彼について考えてしまっています。

 

この映画は2015年の春に、私の大切な友人が誘ってくれていち早く試写で観ることができました。

アーヤ藍さんはその時に初めて出会って、彼女のシリアへの思いを語る姿から、この人と仲良くなりたいと思って、

実は一度会場から帰ったのですが、もう一度会場に戻ってお声がけをさせていただきました。

そして、この試写のあとにトークをしていたのは、フォトジャーナリストの鈴木雄介くんでした。

その時はお話はしなかったのですが、後にもう一度出会えたことが必然だったと思っています。

 

この映画は、シリアで起きている現実を知るだけでなく、自分の人生にとって大切な出会いへと繋がった作品でした。

 

この映画を観た時。強い衝撃を受けました。

サッカーを愛する19歳のバセットが、シリアでの紛争の中、武器を手にして、

目の表情がどんどん変わっていったことが私には忘れられませんでした。

 

それだけ強い衝撃を受けたのに。

シリアで起きている悲劇をこの映画から知っていたのに。

 

私には何ができたのだろうか。

 

紛争が終わっていれば、彼はきっと生きることができていただろう。

紛争が起きなければ、彼は大好きなサッカーと共に夢を描き続けることができただろう。

終わらない紛争が彼の人生を短くしてしまったことが、悲しくてたまりません。

 

同時に痛烈に自分の無力さを感じています。

自分が無力さを感じてもどうにもならないことなのかもしれないけど、

ただ書き記すことで、この気持ちは忘れたくないです。

 

この映画の主人公、バセットに会ったことも言葉を交わしたこともありません。

けれども、どうして彼が27歳という短い生涯になってしまったのか。

シリア紛争が起きてからのこの8年をどんな思いで生きていたのかということに思いを巡らせずにはいられないでいます。

 

私には何ができるのだろうか。

 

この作品だけでなく、難民映画祭などを通して、

このようなドキュメンタリーを日本に紹介し、

伝えている自分は一体何ができるのだろうか。

何をしていかなくてはいけないのだろうか。

 

彼が亡くなったという事実を受けて、

今とてもつなく、自分の中で渦を巻くように、

どうしようもなく思考が止まらなくなっています。

 

もうこれ以上、こんな悲しみが起きないことを、

強く強く祈ります。

 

そして、祈るだけじゃない。

一体自分には何ができるのだろうかという行動を、

私は常に考え続けていきたいです。

 

 

武村貴世子