それからも二人は話しつづけた。子供の頃のこと(青いネズミについてもだ)、それぞれの初恋がどんなものであり、そしてどうなったのか、などなど。ハーブティがなくなる頃には二人とも疲れきり、なにもしゃべれなくなった。

 

 

 こういうのってどれくらい振りなんだろう? ミカは記憶をたどろうとした。でも、頭は動かない。ほんと馬鹿な一日。そう思えただけだ。だけど、なにかは乗り越えた。なにを越えたかはわからないけど、とにかく私たちはそれを越えたのだ。

 

 

「ありがとう、ミカちゃん」

 

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

 

「私、ミカちゃんと姉妹でよかったわ。いつも迷惑かける姉だけど、これからも仲良くしてくれる?」

 

 

「いいわよ。――ま、こういうのが度々あるのは嫌だけどね」

 

 

 ユキは立ち上がり、にっこり微笑んだ。こうして見るとやっぱり美人だ。瞼が腫れていても、化粧がぐしゃぐしゃになっても美人は美人なんだ。

 

 

「ね、お姉ちゃん」

 

 

「なぁに?」

 

 

「ひとつだけ訊いてもいい?」

 

 

 そう言ってからミカはすこし迷った。でも、いま訊かなかったらずっと訊かないことになるだろう。それに、この瞬間ならどんな言葉が返ってきても受け容れられる気がする。そう思えた。

 

 

「憶えてる? 田崎くんのこと。私が大学生の時つきあってた田崎くん。憶えてるでしょ?」

 

 

 ユキはゆっくりうなずいた。それから、指先を弄りはじめた。ミカは動く指を見た。顔を見るのはやめにした。見たくないものが含まれてるように思えたのだ。

 

 

「彼とお姉ちゃんの間になにかあった?」

 

 

 指は止まり、また動いた。でも、それだけだった。なにか言おうとしてるのかもしれない。ただ、なにも聞こえない。しばらくミカは指先を見つめていた。静けさはずっとつづいてる。

 

 

「いいわ。やっぱりいい」

 

 

 ミカはそう言った。

 

 

「おやすみなさい、お姉ちゃん。明日はキチノスケ様に謝るのよ。わかった?」

 

 

 一人になるとミカは横になった。天井は遠くなったり近くなったりを繰り返してる。――疲れてるんだな。私は疲れてる。耳を澄ますと、それまで聞こえてなかった音もしてるのがわかった。風の音だろうか? それとも遠い道を走る車の音だろうか? それは大きな歯車がゆっくりゆっくり動いてる音のようだった。

 

 

 ミカは目を閉じた。それと同時に音も途切れた。まるで本当に一人きりになってしまったみたいだ。壁の向こうにはなにもなく、暗い空間に私だけが漂ってる。無限に刻まれる時の中を漂いつづけ、誰とも交わることなく朽ちていく。――いや、私は疲れてる。眠らなくちゃいけない。そう、眠らなくちゃならないんだ。

 

 

―― 完 ――

 

 

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ありがとうございました。

 

 

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《雑司ヶ谷に住む猫たちの写真集》

 

 

雑司ヶ谷近辺に住む(あるいは
住んでいた)猫たちの写真集です。

 

ただ、
写真だけ並べても面白くないかなと考え
何匹かの猫にはしゃべってもらってもいます。

 

なにも考えずにさらさらと見ていけるので
暇つぶしにどうぞ。