「でも、」
「でも、なに?」
「自信がないの」
ユキはまた泣きはじめた。さめざめと、しくしくと。ミカは息をゆっくり吐き出した。――まったく何パターンの息を用意しとかなきゃならないのよ。でも、しょうがない。この人は私の姉なんだ。どうしようもない人だけど、それでもたった一人の姉なんだ。
「自信なんて誰だってないわよ。私だってそうだもの。結婚することになるんだろうけど、それについての自信なんてまったくない。ううん、それだけじゃないな。仕事だってそう。もっと自信を持ちたいけど上手くいかないもの。ね、お姉ちゃん、そんなの誰だって同じだって」
「違うわ。それは違う。私とミカちゃんは違うのよ。あなたはいつも自信があって、なんでも上手にできちゃうじゃない」
「はあ? 私がなんでも上手にできる、自信のある人間だっていうの? そんなことない。私はしなきゃならないことをしてるだけだもん。それに、精一杯やってないと置いて行かれちゃうからやってるだけよ」
「違う!」
ユキは叫んだ。腕を大きくあげ、それを力強く振り下ろしながらだった。逆ギレ? ミカはそう言ってやりたかった。しかし、言葉を失った。姉のこういう顔こそ見たことがない。この人はいつもおっとりしていて、――いや、し過ぎていて、こっちが心配になるほどだった。それに、いつも穏やかで、柔和で、美人なのだ。お姉ちゃんはズルいと思っていたのだ。なにもしてないくせになんでも持ってっちゃう。私は努力してるのに。こういう人みたいになれたらいいけど、なれないのがわかってるから。でも、今の顔はどうだろう? 苦しみ、のたうち回ってる人のものだった。
「私は違う! あなたとは違うの! いつだって失敗するんじゃないか、いつも誰かの足手まといになるんじゃないかって思ってた! 今だってそう! 怖いのよ! 失敗するのが怖いんじゃないの。見捨てられちゃうんじゃないかって、一人ぼっちにされるんじゃないかって思うと、ひどく、つらく、悲しくなるの。あなたとは違うわ! あなたは昔から自信に満ちて、なんでもできた! 私はそうじゃないのよ!」
ユキはうつむき、手を強く握り締めている。白い肌には赤味がさしていった。それは首まで広がっている。
「ミカちゃんが羨ましい。私だってあなたみたいに自信が持てたらどんなにいいかって思ってたわ。ミカちゃんみたいになりたかったのよ。しっかり者で、みんなに好かれて、面倒見も良くて、いつも素敵な彼氏がいて、服のセンスだっていいじゃない。私もいろいろ考えたのよ。試してもみた。だけど、上手くできないのよ。いつも自分が間違ったことをしてる間違った人間みたいに思えるの。自信なんて持てっこない! 持てっこないんだわ!」
大きな声の後だからか、部屋はなにものも混ざらない静寂に包まれた。それはふたたび姉と二人だけの世界を思わせた。頬をつたう涙は液体とは思えないほどゆっくり流れていく。この人と二人きりの世界ではこうしてあらゆるものが性質を変えるんだ。――いや、そうじゃない。これは普通の涙なんだ。私がそれを違うと感じてるだけ。そして、これが本当の姉の姿。子供であるのは違いないけど、寂しく、臆病な、この人の本当の姿なんだ。
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