閉じられたドアは当たり前のことに平面だった。ミカはそれを見つめていた。声はくぐもって聞こえてくる。
「ああ、君は。いや、ユキはまだ帰ってないんだ」
それからしばらくは静かになった。しかし、突然大きな音がした。
「ちょっと待ちなさい。だからユキはいないんだ。我々も待ってるところなんだよ」
「じゃあ、僕もここで待たせてもらいます」
藤田吉之助はまさに混乱しきった顔つきであらわれた。戸口に立つと目を伏せ、どのような表情をすればいいものかというように唇を噛んだ。ミカと母親は立ち上がって迎え入れた。戻って来た父親は「ミカ、コーヒーでも淹れてくれ」と言った。
「説明して欲しいんです。――いや、説明は要りません。僕をユキさんと結婚させて下さい」
「そりゃ、我々としてもそうなるものと思っていたんだ。まさかこんなことになるとは思ってもなかったんだよ」
母親は湯気の立つカップを見つめてる。ミカはその隣に腰をおろした。
「それで、こんなことを訊くのもどうかと思うんだが、なにしろこっちもまだユキの存念を確かめられてないのでね、」
「はあ」
「なにかあったのか? 君とユキとの間に。――その、なんだ、結婚しない選択をうちの娘がするようなことがあったのか?」
「いえ、」
藤田吉之助は顎を引いた。ネクタイはゆるみ、眉間には皺が寄っている。
「とくになにも。だからわからないんです。突然結婚できないと言われて、まったく意味がわかりませんでした。もちろん訊きましたよ。だけど、ユキさんは結婚できないとしか言わなかったんです。ただ、僕のどこかに問題があるならいくらだって改めます。気に入らないとこがあるならどんなことだって直します。僕はユキさんを愛してます。お会いしてからそんなに経ってませんけど、時間なんて問題じゃないんです」
ミカは腕を組んだ。ほんとそうよね。時間なんてまったく関係無いもの。私と山内くんだって同じだからよくわかる。だけど、あの人はどうなんだろう? 結婚する気になってると思ってたんだけど。――ま、あんな人の考えることなんてわかりっこないか。きっと、人を傷つけてるとも思ってないんでしょう。いつだってそうだったもの。あの人は自分のことしか考えてないの。もしかしたら、自分のことすら考えてないのかもしれないけど。
「とにかくだな、」
深く座り直し、父親は髪を掻き回した。ただ、それきり黙ってしまった。外を歩く音がしてる。それは近づいてきてるようだった。やがてドアのひらく音が聞こえた。それはひっそりとすぐに隠れるものだった。しかし、誰もが聞き逃すはずのない音だった。
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