父親はだいぶ早くに帰ってきた。
「連絡はとれたのか?」
「まだなの。あの子、何度電話しても出てくれないのよ」
「そうか」
肩を落とし、父親は部屋へ入っていった。母親もその後につづいた。リビングに戻るとミカは辺りを見まわした。背の低いテーブル、折りたたまれた夕刊、キッチンとの境目にはカウンターがあり、子供の頃に撮った家族写真が置いてある。全員がまっすぐ前を向き、笑顔を見せてるものだ。
お姉ちゃんはこの頃から抜群にかわいかった。どこに行ってもちやほやされ、どんなことでも得してた。そう、近所の子たちとお祭りに行ったとき、大きなネズミが飴玉を配ってたっけ。全身が青いネズミだった。あんなのほんとはいないって私は思ったものだ。――で、お姉ちゃんだけ余計にもらってた。たしか五人で行ったはずだけど、四人がもらえたのは三つで、お姉ちゃんだけ六つもらったんだ。あの青いネズミ、ほんとムカつく。かわいいからって特別扱いするなんてひどい。だけど、いつだってそうだった。お姉ちゃんだけ得するようにできてるんだ。
ドアが薄くひらいた。母親は肩をすくめてる。ほどなくして父親もやって来た。眉を寄せ、顎を硬くしている。
「ね、どういうこと? なんでこんなことになったの?」
「わからないのよ。お父さんだって今日の昼に聴いたばかりなんですもの」
「とにかく落ち着こう。ユキにも考えがあって、――そりゃ、このタイミングでそんなこと言ったんだ、なにかは考えてのことだろ? それで言いだしたことなんだろうから、まずは聴くしかない」
ユキはなかなか帰ってこなかった。七時になり、八時になり、そのあいだ三人はほとんど動くことなく互いを見合っていた。玄関ベルが鳴ったときには全員が身体をびくつかせた。母親は身を縮まらせ、立ち竦んでいる。どう考えてたかわからないけど、この人は最悪中でも最悪のパターンを考えてたんだろうな。ミカはそう思った。
「座ってなさい」
立ち上がり、父親は嗄れた声を出した。
「君は疲れてる。座ってるんだ。私が出る」
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