ミカは溜息を(こう何度もつきたくないのだけど)洩らした。この人には意見なんてないのだろう。こうやって訊きまくっては、そこに自分を合わせられるのだ。唇は歪んでいった。この機会に気になっていたことを織り込んでやろうと思ったのだ。

 

 

「それに、なんといってもお金持ちじゃない。お父様もお兄様も弁護士ってだけですごいのに、すぐ上のお兄様はプロのサーファーって言ってたものね。きっとものすごく裕福な家庭なのよ。ご本人様だって銀行勤めなんだから、けっこういいお給料もらってるんでしょ? こう言うのは悪いけど、今までお姉ちゃんの周りにいた人たちからすれば月とスッポンってわけよね。違う?」

 

 

 なにを言われたか理解できなかったのだろう、瞼は瞬かれている。ミカは作りこんだ笑顔(困った感じのお客様にする表情だ)を向けていた。――なんて言うんだろう? さすがにこれは「私もそう思ってた」って言わないでしょうね。わからないかもしれないけど、これは嫌味よ。それも、けっこう強烈なやつなんだからね。瞬きをやめ、ユキは真顔になった。ただ、正面を向くとこう言った。

 

 

「うん、確かに。私もそう思うわ」

 

 

 あらあら、言っちゃったわ。っていうか、ここまでくると心配になってくるな。こんなんじゃ悪い人に騙されたりしちゃうんじゃないだろうか。「私もそう思ってた」って言うよう誘導され、南の島に連れて行かれ、わけのわからない腰振りダンスとかさせられそうだわ。ミカは顔をそむけ、ふたたび溜息をついた。

 

 

「結婚するの?」

 

 

「わからない。でも、向こうがそう言ってくるなら、それもいいかなって思う」

 

 

「あの人のこと好きになれそう?」

 

 

「どうだろう? でも、たぶんなれると思うわ」

 

 

 たぶん? 好きになれるかどうかに「たぶん」なんてあるの? それに、これは一生の問題でもある。結婚相手を好きになれない可能性が、もしどこかにほんの少しでもあったら私は当然そんな男と結婚しない。だいいち結婚相手と男友達とを完全に割り切ってるのもおかしな話なのだ。

 

 

 腕を組み、ミカは低く唸った。――まあ、私だって生活していくのがどういうものか知ってるつもりだ。なにを買うにしてもお金は必要だし、より良い物を買うにはさらに必要なのもわかってる。ただ、夫婦というのはもっと自律的に関わりあっていくもののはずだ。その関わりあいこそが夫婦といってもいい。一方的にお金も愛情も受け取るだけというのは正常な人間関係ではない。

 

 

 この短い間にそう考えたわけではないけど、ミカは激しい違和感を持った。理屈にすれば今の通りというわけだ。

 

 

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《雑司ヶ谷に住む猫たちの写真集》

 

 

雑司ヶ谷近辺に住む(あるいは
住んでいた)猫たちの写真集です。

 

ただ、
写真だけ並べても面白くないかなと考え
何匹かの猫にはしゃべってもらってもいます。

 

なにも考えずにさらさらと見ていけるので
暇つぶしにどうぞ。