営業先を出ると僕はカフェへ入った。窓の外は人で溢れてる。それを眺めつつ、スマホを取りだした。
『八時にいつもの店で待ってる。話があるんだ』
送った瞬間、待ちかまえていたように返事がきた。
『あの話か?』
僕は肩をすくめた。悲しそうにも腹を立ててるようにもみえるクマのスタンプがついてたからだ。
『あの話だ』とだけ書き、僕は送り返した。
《monkey's paw》はいつも通り静かだった。小林はふっかりしたソファに座り、葉巻を咥えてる。
「待ったか?」
「ああ、えらく待った。短い小説なら読み終えるくらい待ったぜ」
にんまり笑い、小林は顎を突き出してきた。テーブルにはカットグラスが置いてある。一段高くなったところは通路になっていて、それと並行に設えてあるカウンターにはしこたま金を持ってそうな男が三人座っていた。棚は光り輝いてみえる。ボトルが反射して煌めいてるのだ。
「悪かったな。ちょっと最後のが押しちゃってさ」
「ん、大丈夫だよ。ところで前から気になってたんだけど、それどうしたんだ? そうとう年代物じゃねえか」
僕はネクタイを持ちあげた。オパールは四方から当たる光に色を変えている。何色とも言えない色だ。ありのままの、そして、そのとき限りの色をしている。
「ああ、これにも長い話があるんだ。これから話すよ」
僕は土曜にあったことを話した。そうなるとそれ以前のことも話さざるを得なかった。突然消える街灯、なぜか見つめてくる犬。もちろん鷺沢萌子と名乗る女に騙されたことも話した。それでカレーとハンバーグが食べられなくなったのだ、と。話してるあいだ僕たちはずっと前を向いていた。互いを見ることはなかった。
「信じられるか?」
「いや、信じられるわけもない」
そこで僕たちは向きあった。意外なことに小林は真剣そうな表情をしている。
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《雑司ヶ谷に住む猫たちの写真集》