同じ時間、彼はベッドで考えていた。雨は激しく、窓にさす街灯の明かりも滲んでる。思考は行きつ戻りつしていた。辺縁部をたどるだけで中心に至らないのだ。
目を覚ましたのは六時頃だった。風は強いものの嘘のように晴れている。テレビは被害状況を伝えていた。床上浸水が何百件、死者と行方不明者が十数人。ぼんやり画面を見つめ、彼は額を擦った。映像は現実に感じてるものとかけ離れて思えた。まるで別世界の話だ。
店の電話が鳴った。
顔をしかめ、彼はゆっくり降りていった。――そういや、柏木伊久男が殺された日にもこういうことがあったな。出ても無言で、いや、なにかは聞こえてたんだ。そう考えてると今度はスマホが鳴った。画面には『山もっちゃん(毛が薄い)』と出てる。
「ああ、やっと出たな」
「なんだよ、こんな朝っぱらから。店にかけてきたのもあんたか?」
「ん、初めからこっちにしときゃよかったんだが、その、なんだ、ちょっと動顛してんだろうな。悪かったよ」
「どうした。なにがあったんだ?」
「えらいことが起きた」
そう言ったきり刑事は黙った。電話の向こうは騒がしい。
「なんだよ、早く言えって。なにがあった?」
「いいか? 落ち着いて聴いてくれ。今朝方、子供の遺体が見つかった。アパートの階段から落ちたんだ。いや、自分で落ちたのかもわかっちゃいないが、とにかく階段の下で見つかったんだ。それでお前さんに電話をかけてるってことは、もうわかるだろ?」
自然と息は止まった。朝日は床を鋭角に照らしてる。鳥の囀りも聞こえてきた。
「どこにいる? あんたはどこにいるんだ?」
「法明寺だよ。一階の住人が仕事に行こうってんで外に出たら、子供が死んでたらしい。今は鑑識が動いてる」
「母親はどこにいたんだ? それに、児相がどうのこうの言ってたろ? そいつらはなにやってたんだ?」
「時間がないんだよ。長く話しちゃいられないんだ。後で行くよ。ところで具合はどうなんだ?」
「そんなの知ったこっちゃない。これから出向くよ。そんとき教えてくれ」
「言ったろ? 時間がないんだよ。俺にはまだ嫌な仕事が残ってるんだ」
そこで電話は切れた。
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