ふたたびスーツに着替え、ネクタイを締めてるところに電話が鳴った。階段を降りながら時計を見ると、五時十二分。
「はい、こちらなんでもお見通しの占い師、蓮實淳の店。出てるのはその蓮實淳です」
指示通りの台詞を言ったものの、反応はない。受話器を眺め、彼はもう一度耳に押しあてた。ザーっという音と弱い息遣いがしてる。ただ、しばらくすると「……ん、ん、……ん」と聞こえてきた。
「えっと、すみません。ちょっと遠いようなんですけど」
「……ん、ん、んぅ……」
「なにか言ってます? 申し訳ないけど、ちゃんと聞こえないんですよ」
そこで電話は切れた。
「なんだよ、無言電話か」
叩きつけるように受話器を置いてから、「ああ、あれか」と思った。この頃そういうのも増えたのだ。もちろんカンナ目当てで、無言の場合もあれば卑猥な言葉を投げかけてくるのもある。まあ、これもそうだったんだろう。休みと知らない間抜けが(そんなことをするのだから間抜けには違いない)かけてきたってわけだ。
外に出ると入道雲が突き上がっていた。強く吹く風は不気味なほど冷たい。鬼子母神の門前で立ちどまり、彼は公園を覗いた。もう一度寄ってみようと思ったのだ。奥には子供が二人いて、ゲーム機を睨みつけている。
「キティ? キティ、いるか?」
繁みに向かって声をかけると、子供たちは顔をあげた。それから、このおじさんが探してるキティなる人物はこんなとこに隠れてるのだろうか? といった感じに首を曲げた。もちろん、誰もいない。子供たちは居心地悪そうに身体を強張らせた。
まいったな。これじゃ、不審者じゃないか。「いや、あのな、俺は猫を探してるだけなんだよ」とか言ってやりたかったけど、それも言い訳じみてる。子供たちは「なにも見てません」といったふうにゲーム機に顔を向けた。彼はいろんなことを諦めた。公園の丸い時計は五時三十六分を指している。
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