次の月曜にやって来た大和田紀子は夫の非礼を丁重に詫びた。
「あの人も謝りたいみたいなんですけど、どうにも敷居が高いらしくて。ほんとうに申し訳ございません」
「いえ」とこたえ、蓮實淳は目許をゆるめた。風がガラス戸を弱く軋ませている。
「私ども時間をかけて話し合いましたの。夫は別れると言ってきましたし、彼女の方からも謝罪がございました。まあ、あの子はとうに別れるつもりみたいでしたけどね」
お茶と《群林堂》の大福をテーブルに置き、カンナは人懐っこい笑顔をつくった。
「よかったですね」
「ええ、ほんとうに。傷は残るのでしょうが、乗り越えられるはずです。私、そう信じてますの」
蓮實淳は信頼するに足る人物であるのを示す笑顔をつくっていた。ただ、頭の中はめまぐるしく動いている。気になることが幾つもあったのだ。大和田義雄を覆っていたもうひとつの影――もやもやしたガスみたいなものもそうだし、他にもいろいろとだ。
「ほんと、あの奥さんっていい人よね。出した大福にも手をつけず。これ、もらっていいでしょ?」
カンナは大福を頬張った。視線の先にはもうひとつある――蓮實淳の分だ。
「なに考えこんでるのよ。これ、むちゃくちゃ美味しいのよ。並ばなきゃ買えないんだから」
「ん? ああ、」
「どうしたの? さっきからぼうっとしちゃって」
「いや、なんていうか、」
「なんていうか、なに?」
大福に伸びる手を叩き、蓮實淳もそれを頬張った。
「ほら、前に言ってたろ? 指輪の女が俺のことを話すなんて変だって」
「ああ、そうだったかも。でも、あなたは変じゃないって意見だったんじゃない?」
「そうなんだけどさ。大和田の奥さんも言ってたじゃないか。『あの子はとうから別れたかったみたいだ』って」
「それがどうかした?」
蓮實淳は大福を手にしばし唸った。目はカンナの視線をたどってる。どんだけ食いたいんだよ。食べかけまで欲しいのか? ま、確かにむちゃくちゃ美味いけど。
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